第329話 奇襲

 イズメの周囲に展開する傀儡は既に三人になっていて、イズメを守るために踵を返した瞬間、サンサネラの長い足に頭を砕かれ二人に減った。

 僕の死霊術で動くムーランダーと、イズメの傀儡として動く人間。それ自体、妙な話だと思いながら、もみ合いを眺める。

 

「ああ、しんどい……」


 サンサネラは体力が限界に近いらしく、ぼやくと膝に手を当てて荒い息と、血を吐いた。

 血を吐くということは口の中か内蔵に傷を負っている。

 ガシャ、と音がして振り向けば魔力の尽きたゼタが倒れたところだった。期待していたよりもずっとよく働いてくれた。

 巨体のムーランダーは既に片腕を切りとばされ、足にも深い切り傷を負っている。

 そのとき、糸がはじかれる音が響いた。

 地面に突き刺さったものが矢だと気づくまでに数十の音が鳴り、数十の矢がイズメたちに降り注ぐ。

 離れた丘の上に射手の一群が見えた。そこには片膝をつき弩を構えた子供たちと、その後ろで指揮を執るパラゴがいた。

 思わぬ救援である。

 ザナはすべての矢を打ち払ったようで無傷だったものの、もう一人の傀儡は胸に矢を受けて倒れていた。

 僕の操るムーランダーにも矢が打ち込まれているのだけど、こちらはもとより死体である為、効果がない。

 

「貴様ら!」


 忌々しげに叫ぶイズメの腹と太股に矢が突き刺さっていた。

 傷口から吹き出る青い体液が白い体毛を染めていく。

 パラゴが指揮する弩隊は手間取りながらも矢が装填された次の弩に持ち替えていく。

 

「マーロ、さがって!」


 僕が叫ぶと、マーロはすぐに巨大なムーランダーから距離をとりサンサネラの横へ位置取った。

 第二射がバラバラと飛び来る。

 狙いも悪く、発射タイミングも一定ではない。

 目も当てられない練度であるが今回は獲物が大きい上に腕と足に大けがを負っている。

 回避もできず、巨大な体躯には十本の矢がつき刺さった。

 その攻撃は即死するほどではないものの十分に効果的であったらしく、巨体は膝をついて地面にうずくまる。

 放っておいても次射でパラゴがとどめを刺すだろう。

 ザナの黒風によりバラバラにされたムーランダーの死体から魔力を抜くと、イズメに向き合う。

 こちらは魔力の大部分を消費した僕と、深手を負い血塗れのサンサネラ、それからこれも相当に消耗しているマーロの三人。

 対して、矢を受けたイズメと傀儡のザナ。

 

「ザナは私が相手しましょう」


 マーロが剣を構える。

 サンサネラには既にそれを請け負う体力が残っていないと見越してだろう。

 現にサンサネラは立っているだけで浅い息を細かく繰り返していた。

 ということは僕が受け持つべきはイズメだ。残った魔力を練っていく。

 イズメだって無傷ではない。腹に刺さった矢傷からだくだくと流れる体液は足下に水たまりを作り出していた。

 今、彼の目は僕に向き集中している。

 コルネリは一瞬で飛来できる距離をとってイズメの背後に位置していた。

 魔法で目眩ましをして、コルネリに噛みついてもらおう。

 そんなことを思っている間に前衛同士の戦端は開かれ、マーロとザナは得物を打ち付けあった。

 瞬間、サンサネラが足を動かした。

 マーロに向き合うザナの背後へ回り込み、ナイフを一閃。

 なるほど、たしかに彼は不意打ちが専門と言っていた。

 敵が他の事に気を向けていれば、動きやすかろう。

 だけどまさか、その狙いがザナではなくイズメだったなんて、顔面にナイフを生やしたイズメ本人も気づかなかっただろう。

 ルビーリーから貰ったナイフは、イズメの顔に柄まで深く刺さっており、サンサネラの投擲と刃の鋭さを知らせる。

 ぐらり、と揺れた体がゆっくりと地面に倒れた。


「ああ、もう無理!」


 叫んでサンサネラも地面に転がる。

 同時に、頭を割られたザナも倒れたので、その場に立っているのは僕とマーロだけになった。

 巨体のムーランダーは続く第三射を受けて息絶えていた。

 

『雷光矢!』


 練っていた魔力を止めず、そのままイズメの腹を射抜くと首が千切れてごろりと転がる。死亡は間違いないだろう。

 周囲を見渡しても次の敵は来ない。

 そういえば戦闘開始についてはあれほど確認したのに、戦闘終了については確認を怠っていた。さてこれで勝利と考えていいものか。

 僕の逡巡をよそにマーロはサンサネラに駆け寄り、テキパキと止血を施していた。

 

「アナンシさん、サンサネラの血が止まりません。早く戻りましょう!」


 マーロが険しい顔をして怒鳴る。

 僕の回復魔法は既にマーロへ使ってしまっているので、王国軍基地まで戻らなければいけない。 

 パラゴはといえば、まだ周囲を窺い近づいてくる気配はない。配下の子供たちも一生懸命、弩に矢をつがえていた。

 僕は彼らに手を振ると、マーロに向かって命じる。


「僕は馬に乗れないし、サンサネラもその調子じゃ無理だろうからさ、マーロは悪いんだけど基地まで行って回復魔法の使い手を呼んできてくれない?」


「それだとあなたの護衛がいなくなります」


 生真面目な回答が彼女らしいな、と僕は苦笑した。

 確かに、サンサネラは怪我だらけで動けないし、僕の魔力も尽き掛けているのだけど、コルネリもいるしパラゴもいる。

 マーロを説得すると、彼女は渋々といった表情で馬に飛び乗り「すぐ戻ります」と言葉を残して走り去っていった。

 

「なあ、アナンシさん」


 蹄の音が聞こえなくなってから、サンサネラが口を開く。

 その声はか細く、消え入りそうだった。

 

「寒くていけねえんだ。ルビーリーのナイフをアッシに戻してくれないか。せめて、上等なモノでも握っていなきゃ不安で仕方ねえ」


 音量とは裏腹に、口調はいつもの陽気さを湛えていた。

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