第330話 透視
イズメの頭部からナイフを引き抜く。
顔面に穴の空いたイズメの頭部はごとっ、と地面に落ち生命体としての終わりを感じさせた。
付着した体液をイズメの体毛に擦り付け、残りを手ぬぐいで拭き取ると、サンサネラに握らせるのだけど、しかし握力がないのかナイフはサンサネラの手からこぼれて地面に落ちてしまった。
「すまねえな」
その言葉もノドの奥に何か引っかかっているのか、かすれてひどく聞き取りづらい。
「いや、いいんだ。仲間だからね」
僕は細い紐を取り出すと、ナイフの柄をサンサネラの手にくくり付けた。
「アンタ、雑だよ」
サンサネラの頬がゆっくりと上がった。
無理にでも笑おうとしているのだろう。
もうあんまり時間がない。
早くマーロが戻って来てくれないかと耳を澄ましても、先ほど出発したばかりだ。基地での説明や復路を考えればしばらくは時間がかかる。
こういうとき、安静にしてやるべきか話しかけ続けるべきかも分からず、僕はただ、曖昧に笑うことしかできなかった。
気を紛らわす為に、とりあえず転がっているゼタをしまう。
もっと早く、ウル師匠に貰った腕輪を使うべきだっただろうか。
そうすれば回復魔法にもう少し長じて、今回も役に立ったかもしれない。
同時に、魔法使いとしての成長に枷がかかるのでもっと役立たずだった可能性も無視できないけど。
口を開くのがためらわれていたものの、意を決して息を吸った。
「サンサネラ、死んだら嫌だよ」
彼は僕が『これから』を歩む上で最初の仲間である。
むずがる幼児のようにわがままを言ってみる。彼は出会ってから短い間でずいぶんと無理を聞いてくれた。今回もお願いしたら聞いてくれないだろうか。
「奇遇だな、アッシも嫌なんだよ。ここだけの話」
冗談じみた口調でペロリと出したサンサネラの、その舌は血で染まっていた。
瞬間、コルネリが攻撃態勢に入ったのを感じ魔力をかき集める。
「オマエの勝ちだ」
突然現れて宣言する青い目のムーランダー、マブシは奇妙な音を立てて飛来したコルネリを追い払った。
直結した僕にも効果があり、不快な音で脳味噌が揺れたように目が回る。
「落ち着け。誇りを掛けた報復行動は失敗に終わり、我々は多くの命を失ったにも関わらず恥辱はすすげなかった。大変に残念だが、最初の取り決め通りオマエへの攻撃はこれで終わりだ」
僕に魔力が残っていればその頭を吹き飛ばしてやるのに。
サンサネラが息絶えそうな不安を怒りに転嫁し、マブシへ向ける。
「そうして、事前の約定に従い我々はこの国を放棄し、オマエの国へと向かう。早速、行動の計画を示してくれ」
一方的な物言いに、僕は頭を掻いた。
そもそも、決闘まがいの報復戦を受けなければ彼らが全員で掛かってくるというから嫌も応もなく戦ったのだ。
その結果、大事な仲間が死にかけている。
目がチカチカと痛むほど昂奮し、同時に冷静さを捨てきれずにいた。
どうあっても、結果としては迷宮都市へ帰還しなければならない。
大切な人々を守らないといけないから。
「その前に、まずお願いがあります。そこの彼は僕の大切な仲間で、死にかけています。数時間以内に治療を行える人材が駆けつける筈ですが、それまで持ちそうにないんですけど、なにか方法はありませんか?」
気づけば僕はマブシに縋っていた。
先ほどまでムーランダーをどうやって殺すかで脳裏を埋めていたのに恥も外聞も無く、そのムーランダーにさえ頭を下げてしまう。
彼らなら、なにか不可思議な力で対策が打てそうな気がした。
マブシはゆっくり首を動かし、サンサネラを見つめる。
同時にサンサネラが身もだえするように体を動かす。
「止めてくれ、アンタらに覗かれるのは気持ち悪いんだ」
ムーランダーの特殊な視線に晒され、サンサネラが悲鳴を上げた。
気持ちは凄く解る。僕だって彼らの妙な視線は耐えがたい。
「ふむ、長くは保たない。しかしその時間を延ばすくらいならやってみよう」
マブシが手をかざすと、サンサネラの巨体がフワリと浮いた。
「痛ぇ……痛ぇ。つうか気持ち悪い。止めてくれぇ」
絶え絶えの抗議に耳を貸さず、マブシは基地宿舎の方へ歩き出した。
サンサネラの体から流れる血が、彼の歩いた後に線を描いていく。
大丈夫だろうか。目の前のムーランダーに僕の意図が過不足なく伝わるとはとても思えず、ともすればサンサネラへいたずらに苦痛を与えているだけの気もしてきた。
傀儡だった者の死体が転がる中、マブシは無造作に歩き、踏み越えながら進んでいく。
僕の指示で命を失った者たち。そのいくつかは眼をあけたまま絶命しており、それらは怨嗟を叫ぶようだった。
「オマエ達はいいな。飽きるほど殺し合おうと総体の数が減少しない」
マブシは呟き、やがてサンサネラにかざすのとは逆の手を掲げた。
地面の一部がさっと消え、地下への入り口が現れる。
金属、いや陶器だろうか。床も壁も天井も、一面奇妙な素材で覆われた地下道は急傾斜で地面の中に向かっており、とても歩いて降りられそうになかった。
「何をしている。早く来い」
当たりを見回す僕を枯れ葉の声が呼ぶ。
見ればマブシの足下は四角く区切られており、その中央に立っていた。
僕もおそるおそる四角い板の上に乗る。柔らかい踏み心地だ。
と、板は音もなく下降を始め、僕たちは奇妙な地下へと降りていくのだった。
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