第327話 混乱
「あっちは魔法でどうにかならない?」
サンサネラは眼を細めながら歩いてくるムーランダーをにらんだ。
遠くのムーランダーは早足でこちらに進んでいるのだけど、まだ遠い。
「ちょっと難しいね。出来なくはないけど……」
手段がないではないけど、それをやるとその後の行動に制限が出過ぎる。
その瞬間、ムーランダーが空間を超えて現れた。
今度は三体。それも僕たちを挟むように位置取り、やや距離を開けている。
サンサネラが迎撃に向かい、マーロは僕を庇うように立った。
シャアァァァァ……!
細い金属片が細かく揺れるような音が響き、僕は耳を押さえた。
これだ。ヒョークマンから聞いていたムーランダーの術。
視線を巡らせると、周囲にはいつの間にかムーランダーが数十体立っている。
マーロとサンサネラの姿は見えず、見下ろせば自分の体もムーランダーの体になっていた。
一種の幻術である。
実体か虚像か、敵か味方か。
全てが不明の空間で王国軍は多大な被害を何度も出したらしい。
五感は激しく狂い、敵か味方か不明な中で傀儡が武器を振るい、あるいは同士討ちに倒れていく。集団で戦う軍に対しては甚だ効果的だろう。
僕だって知っていなければ混乱して取り乱していた筈である。
声を出そうとしても、奇妙なうなり声しか出ない。しかも似た様な声がこだまして聞こえ、どれが自分の声かも解らない。
それでも地面や物体はいつも通り見えるし、魔力は練れる。
『起き上がれ、死体たち!』
近くに並べていた死体もそのままだったので助かった。
九つの死体が起き上がり、のそりと動き出した。
与えた命令は『僕以外の者全員に抱きつけ』だ。
死体は各々、獲物を定めて歩き出し、虚像を無視して突き進む。
やはりムーランダーの能力では死体に介入できないらしい。死体は束縛されることなく動いている。
と、すぐ側に立つムーランダーから僕の腕が掴まれた。
毛虫に触れたような嫌な感触がして、振り払うべきか迷ったもののムーランダーの手なら掴まれてから抵抗しても無駄だろうからそのまま受け入れると、それは腕を回して僕を抱きしめた。
間違い無い。これはマーロだ。
彼女なりに僕を守ろうと頭を捻っているのだろう。
そうして気づいたのだけど一目散に走り去るムーランダーが見える。あれはサンサネラだ。
そうなると話しは早い。
こちらを向いているのが幻像で、視線が死体を追っているのが本物のムーランダーだ。
『流星矢!』
魔力を練り、小さな魔法球を広く拡散させて飛ばす。
魔力球が彼らの足に突き刺さると、幻術は解けて正常な視界が戻って来た。
バタバタ倒れたムーランダーたちには死体が群がりのしかかっている。
「ちょっとアナンシさん、これどうにかしてください!」
半ば悲鳴の様な声がして後ろ向くと、背後から僕を抱くマーロの、更に背中に死体が取り付いていた。
「ちょっと待っていてね」
幻覚を使って混乱させ、傀儡を用いて相手を殺して行く戦法は確かに脅威だけれど、事前に傀儡を除かれてしまえば術者が前に出てこざるを得ない。
そうなれば当然、反撃に合うこともあるので術者は後衛に徹するべきだし、そうでないなら可能な限り戦闘を避けなければいけない。
僕は自戒を込めてそう心に刻む。
『雷光矢!』
大きめの魔法球が倒れたムーランダーを、取り付いた死体ごと消し飛ばしたころ、ようやく死体を振りほどいたマーロが伸びて来た白い腕と、その本体を斬り殺した。
これで倒れているムーランダーが一体、歩いてくるのが一体。それから遠くで手を振るサンサネラが一人。
僕は死体たちに歩いてくるムーランダーへの突撃を命じ、倒れているムーランダーへ言葉を向けた。
「あと、残りが何人かくらいは教えて貰えますか?」
緑がかった瞳のムーランダーは質問に答えず、眼を明滅させた。
ガクン、と体から力が抜けて感覚が消失する。
おそらく傀儡製造の呪法だと思った時には感覚が戻り、緑眼のムーランダーはマーロによって屠られていた。
大勢を一度に傀儡に出来るのであれば、王国軍を追い払うときもわざわざ混乱状態にする必要は無い。
それが出来ないから、混乱と傀儡を併用している筈で、そうなると傀儡を作成する手ほどきは一度に複数へは使えないんじゃないかという予想が見事あたった形だ。
もしマーロとともに囚われていたなら別の手を出すつもりであったのだけど、それもせずに済んだ。
これで倒したのは四体。報復に参加するのはイズメと他数名と聞いているので少なければこれで終わりでもおかしく無い。
と、サンサネラが戻って来て指をさす。
「ありゃ、商会の用心棒たちだな」
いつの間にか、歩いて近づくムーランダーの周りに五つの人影があった。
眼を見るとどれも傀儡にされた人間だということが解る。
僕たちが手駒を奪ってしまったので、慌てて調達して来たのだろうか。
走らせた死体たちがムーランダーへ到達すると、あっという間にバラバラにされてしまった。
「あれ、あの先頭にいるのってひょっとして……」
「むう、ザナだな」
僕の疑問にサンサネラが頷く。
傀儡の戦闘力が元の人間が持つ能力に左右されるのだとすれば相当に油断のならない敵だ。
彼らが距離を詰めてくるのを見ながら、僕は慌てて魔力を死体から引き抜いた。
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