第323話 イミグレーション
時間が肝要であると僕が説明すると、ビウムがすぐに商会の荷馬車を手配してくれた。
空荷の荷台に布団ごとマーロを寝かせ、あとは僕たちも最低限の荷物とともに乗り込み、すぐに出発した。
まだ時間は昼頃である。
国境の村からアーミウスの首都へ来るよりも、逆の方が早いらしいので日没には余裕を持ってたどり着くだろう。
都市を出る辺りでコルネリに呼びかけると、どこからか飛んできて僕の肩に着地した。
コルネリを初めて見るパフィは驚いていたものの、それでも僕に何か言うのは嫌なようで悲鳴を飲み込む。
「もう一人いたとおもうんですけど、その方は置いていくんですか?」
ビウムは肩掛け鞄を一つ、足下に置いて僕に尋ねた。
彼女と出会ったときからパラゴはいて、この都市にも一緒に来たのだ。その上、僕がビウムたちを伴って隠れ家を訪れた時にも逃げた後だったので不思議に思うのも無理はない。
「置いていくよ」
連れて行こうにもどこにいるのか、僕も知らない。
彼は彼なりに行動するはずだ。その結論として逃げる算段を立てたりしているとしても僕に止めることは出来ないし、出来ないことは考慮しない。どのみち、なるようにしかならないのだ。
空荷の馬車は来るときよりも派手に揺れ、その揺れが怪我に響くのかマーロが低く呻く。これもどうしようもないので止める手段なんて考えもしない。
それに、深く考えれば気持ち悪くなってしまいそうだったので視線は必死に青い空を見つめていた。
馬車は高地の冷たい風に吹かれながら軽快に坂を降りていく。
※
思ったよりもずっと早く国境の村へたどり着いた。まだ日は高く日没には時間がある。
来る予定の無かった馬車に商会の雑役夫たちが驚いているが、馬車はあらかじめの打ち合わせ通り彼らの前を通り過ぎ、村も通り過ぎて国境へ向かう。
国境陣地への物資搬送用に整備されている道路を走るとすぐに件の防衛陣地が見えてきた。
「待て、なんだ貴様ら!」
十人ほどの兵士がパラパラと陣地から出てきて馬車を囲む。
その眼には思考の光があり、ムーランダーの傀儡でないことが見て取れる。およそ、陣地の運営をするために配属されたという正規兵たちだろう。さらに言えばどれもこれも困惑の表情を浮かべてもいた。
「すみません、ちょっと通してください。ムーランダーに用があって来ました」
僕が告げると、彼らはどうしていいのかわからず顔を見合わせる。
間違いない。
「やはり留守なんですね?」
よく見れば傀儡の兵士たちが基地の中で棒立ちに立っていた。
彼らを操るムーランダーは皆、僕に顔を見せないという約束を守る為に逃げてしまったのだ。
日没まで、彼らが僕の前に出てくることはないのだろう。
しかし、事情を知らない一般の兵士からすれば突然、頼みの連中が揃って消えてしまったことで困惑が広がっていた。
「僕たちは男爵府の方からやってきました。これは内密の行動なんですが、時間がないので速やかに通していただきたい。王国側の侵略軍と交渉に向かいます」
嘘は一つも言っていない。だけど、僕を勝手に男爵の密使と勘違いした兵士たちは道をあけ、通してくれた。
御者が鞭をくれると、馬は前進を再会し国境陣地を抜けたのだった。
木柵を越え、草地を駆けるとやがて大きな宿営地が見えてきた。
男爵国側の陣地とは比べものにならないほど大きく、また防壁のたぐいもしっかりしている。
打ち立てられた旗を見ても間違いない。王国軍の駐屯地だった。
高い見張り台の上から見張りの兵士がこちらを指さして何事か行動している。
柵の前まで行くと、見張り台の上から見張りの兵士が誰何してきた。
手には弓矢が携えてあり、不振な態度を見せればすぐに射かけてくるのだろう。
「なんだ、何の用だ?」
兵士の視線は御者の横に座った猫の亜人、戦場に似つかわしくない少女、輪をかけて似つかわしくないメイドと辿り、寝ている重傷人に留まった。
「あの、僕は迷宮冒険者です。とある方の指令により男爵国に潜入していました。誰か偉い人に取り次いで貰えますか?」
彼の視線は今気づいたというように僕へ向き、すぐに後ろを向いて怒鳴った。
「あんなこと言ってやがりますがね、どうしますか?」
僕たちからは板壁で見えないのだけど、見張り台の下に誰かいるのだろう。
すると声を掛けられた誰かはするすると見張り台を上り、そうして僕を見て声をあげた。
「あんた、魔法使いのアだろ。見たことがある。上級冒険者だ!」
彼の顔にあまり見覚えはないのだけど、僕を知っているということは彼も冒険者出身の精鋭兵士なんだろうか。
体つきからすれば戦士だろうけど、戦士は全体の数が多いためいちいち覚えていられない。
ともあれ、それなら話は早い。
「そうです。ちょっと作戦中に事故がありまして仲間が負傷しました。回復魔法の使い手はいますか?」
特に最前線では割合は少ないとはいえ、精鋭兵士は含まれる。
ということは僧侶職の者もいくらかはいるはずだ。
果たして、男が見張り台を降り、しばらくすると重たい音を立てて木壁の扉が開いた。
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