第322話 狡猾な観察者

「なお、戦士イズメによる報復行動は今夕、日没後より開始される。それ以外の情報については明らかに出来ないが、参加する者以外は傍観に徹する事を約束しよう」


 マブシは宣言するように言う。

 具体的な人数を伏せているということはその辺りも秘匿情報なのだろう。


「あの、確認させてください。今回で僕が勝った場合、つまり報復に参加したムーランダーを全部返り討ちにしたあとに、それを理由にまた報復とかはないんですよね?」


 報復に次ぐ報復に次ぐ報復では、結局僕が死ぬか彼らが全滅するかしか終着点がなくなる。


「それは確定事項だ。今回の件がいかなる結果になろうとも報復を行う事は無い」


「ええと、じゃあもう一つ。僕には誰が報復参加者か見分けがつかないので、そうじゃ無いムーランダーは僕の視界に入らないように気を付けてください。例えあなたでも視界に入れば殺します。もしそのような事故が起きても僕は責任を取りません」


 戦闘が始まってしまえば敵か否か、疑わしい者は全て殺してから判断するのが冒険者流だ。相手の頭を消し飛ばす前に確認など出来ない。


「ム、それは難しい。皆がイズメの誇り高き雄姿を見たがっている。そうしてそうでなければイズメも誇りの回復は出来ない」


「僕も、やるとなったら徹底的にやります。あなたたちが誇りを大事にするように、僕にも守るべきものがあるから」


 もしこれが受け入れられないのなら、結局彼ら全部を敵にして戦う事になる。

 何十人という単位は種族として見れば絶滅寸前だろうが、敵に回すには厄介だ。

 マブシはしばらく黙り込むと、じっと空間を見つめた後、おもむろに言葉を発した。


「了解した。我々の総意として約束しよう。おまえとイズメの間に結論が出るまで、他の者は決して顔を出さない」


 誰とも話し合っていないのに総意と言うことはもしかすると離れた場所と意思疎通を出来るのだろうか。それならそれも利用できる。


「それは誇りを掛けて誓っていただけますか?」


「一族の誇りに掛けて誓う」


 なんの裏付けもない口約束だけど、こういうものが案外と行動を縛るのだ。それも致命的に。

 僕は大きく息を吸うと、腹の中が空になるまで吐き出した。

 嫌な話しだ。下手をすると死ぬかもしれない。だけど、いつもそうやって生きてきたのだ。

 そう思えば心も落ち着いた。


「日没後ですね。それまでは手を出されないものと認識していますけど、不意打ちなんかされないですよね?」


「もちろんだ」


 じゃあ、やるか。

 覚悟を決めたとき特有の、血が冷めていく感覚に背筋が粟立つ。

 時間が惜しい。僕は了解する旨の返答をして部屋を出た。

 廊下には立ち聞きしていたらしい老調査官が立っていたものの気にもとめず僕はその前を駆け抜けた。



「国境の村へ戻るよ。みんな悪いんだけどすぐに準備して」


 宿へ戻るなり宣言した僕の言葉に、全員が眼を丸くした。

 

「ムーランダーはどう出たんだね?」


 サンサネラが手にした干し肉を皿に戻して尋ねる。

 腰にはもともとの短刀に並んでルビーリーのナイフも差してあった。

 僕はサンサネラとビウム、床に伏したまま顔を向けるマーロ、距離を取って壁際に立つパフィに向けて経緯を説明した。

 

「そんな、あの奇妙な連中に命を狙われるなんて……」


 ビウムは複雑そうな表情をする。


「だからゴメンね、僕たちはちょっと危険な状況なんだ。ルビーリーの慰謝料として商会からのお金は君たちが取っていいから、好きにしてよ」


 安全を求めるには僕の側は危険すぎる。

 商会からの賠償金があれば、彼女たちもいろいろとやれることもあるだろう。


「今のお話だと、アナンシさんが勝っても負けても国境は破れるって事ですよね」


 こちらが勝てばムーランダーの一党は一号に会うため、僕に着いてくるつもりの様だし、僕が負ければ彼らは勝ち取った誇りを手に次の潜伏先を求めて流れていくのだろう。いずれにせよ、国境のあの陣は放棄され王国軍は阻む者なく侵攻してくる。

 ビウムは暗い瞳で僕を睨め付けた。

 温かい感情とはおよそ無縁な冷たい眼は親しい存在に誇りを傷つけられ続けて鍛えられたのか。年齢にまったくそぐわず、細い刃の様だった。

 

「古今の類似例から鑑みて、今から男爵国を襲う混乱は筆舌に尽くしがたいものになるでしょう。女子供……私は両方を満たしていますけども、抗う力がない存在は蹂躙されます。その場合、敵は侵略者だけではなく、一緒に逃げ延びる隣人であることも珍しくないと聞きます。お金を払って用心棒を雇ってとて、その者たちに取っては私を殺して懐を探るのが一番容易いのなら、信頼は出来ませんね」


 ビウムの言うことはもっともで、無法は罪を罪たらしめない。従って、罰が与えられず人間の獣性をむき出しにする。

 迷宮の、圧倒的無法に慣れ親しんだ僕はそれを熟知していた。

 裁かれないから自分より弱い人々を大勢殺して、それを省みもせず今もこうやって当たり前の顔をして生きている。僕の存在こそ不条理だと思った人もいたかもしれない。

 国が破れて巨大な混乱がもたらされればそこら中、迷宮の中の様に互いが喰らい合う光景が広がるだろう。

 

「君が商会に戻ればジョージ会長やお父さんに守って貰えるんじゃない?」


 彼女は名士の娘である。周到なあの会長なら間違いなく情報と退路を確保している。

 僕が彼女の立場なら迷わず伯父を頼るだろう。

 しかし、ビウムは重たいため息を吐いた。

 

「まず、彼らに反吐が出るような感情しかないので却下です。それから、もし私が会長と血縁関係の無い成人男性ならやはり彼らの財産を奪うために命を賭けるでしょう。なんせ、彼らなら想像もしないような額の財宝を持っているに違いないと思うから。ですからやはり却下です。ルビーリーがいたならともかく、余計に危ない」


 壊滅の一歩手前とはいえ、秩序を保った街の中で白昼殺した女の名前に胸がざわつく。


「でも、ほら僕たちも無法で危ない隣人になるかもよ」


 正直に言えば、ビウムには僕から離れて欲しかった。ルビーリーを殺し、その姉妹たちまで目の前で死なせてしまうのは流石に耐えがたい。

 自分の前から去ってさえしまえば、きっとどこかで幸せに生きていると信じることも出来る。

 僕は卑怯な思考で自らを守るのに精一杯なのだ。


「アナンシさん、大丈夫です。ちゃんと解っています。私はあなたの味方です」


 年下の、華奢な少女が不敵に言う言葉に僕は動揺し、下唇を静かに噛んだ。

 彼女はきっと、僕も解らない心の奥を看破している。

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