第318話 絆

 シアジオが宿や金銭の手配諸々を処理するために出て行くと、しばらくしてメイドが呼びに来た。

 一瞬、ルビーリーの同類かと身構えたものの、ビウムがこの人はただの使用人だと教えてくれたので胸をなで下ろす。

 もう一度、ルビーリーと戦って勝てる自信はない。あれは日頃の行いがよかった故に拾った幸運だったのだ。

 

「会長がお会いしたいと申しております。お手数ですが応接間までお越しください」


 慇懃な態度のメイドは、どこか面影がルビーリーと似ていた。

 

「あの……もしかしてルビーリーの?」


「ルビーリーの姉になります。さあ、アナンシ様こちらへ」


 淡々と流して先に立つ彼女は、無表情で真意がまったく読み取れない。

 それでも、呼びに来られたのが本当だとすれば無視は失礼だろう。

 僕は立ち上がってメイドの尻を追った。

 と、後ろからなにかに引っ張られた。

 振り向くとビウムがローブの裾を引っ張っている。


「私も連れて行ってください。ねえパフィ、いいでしょう?」


 パフィと呼ばれたメイドは無表情のまま小首をかしげる。


「さて、他の方をお連れしていいとは伺っておりません。ですが、お嬢様であれば直接お話ししてみてはいかがでしょう」


 ビウムは親しげに、パフィは無感情に会話が行われ、ビウムも席を立った。

 カツカツと足音を立てて歩くパフィを慌てて追うと、僕はさらに階段を上った三階の扉に案内された。

 扉を開けようとした瞬間、僕の手首は横手から掴まれた。

 見ればパフィが背筋を曲げたまま手を伸ばしていた。

 表情は相変わらず無表情なのだけど、眼は真っ赤に充血している。


「パフィ、お客様に失礼ですよ」


 ビウムの叱責に、パフィはハッとして手を離した。

 そうして深々と頭を下げる。


「大変失礼いたしました。たった一人の肉親を失ったばかりですので、いささか混乱しております。どうかご容赦を」


 パフィの手はまったく一般的な女性のそれだった。

 おそらく力一杯握ったのだろう手は、ほどかれると僅かな跡が残っているに過ぎず、それもすぐに消えてしまった。しかし、込められた思いの丈は痛いほど伝わり僕を打ちのめす。

 仲のいい姉妹だったのだ。

 だからこそ僕が商会の店舗を狙ったとき、ルビーリーはあんなに慌てたのだろうか。

 だとすれば僕は最も下劣で、最も効率的な戦い方を知らずやったことになる。

 存在する全てが生死をかけて喰らい合う迷宮とは違い、覚悟のない者もかならず巻き込んでいく。地上の戦いとはこういうものなんだろうか。

 過度の無表情も僕の前で張った必死の虚勢だったのかもしれない。

 そのうなじに何か言おうと思ったのだけど、言葉は見当たらずに、再び手を伸ばすと今度こそドアを押し開けた。

 初老の男性が一人。

 室内に進み、扉を閉めてもパフィにじっと見られている気がした。

 

 ※


「やあ、あなたがアナンシさんですね」


 応接椅子の横に立ったまま、男は頭を下げ僕に椅子を勧めた。

 その表情は愛想笑いが張り付いており、高級そうなスーツが内心を読みづらくさせた。

 

「伯父様、私も同席してよろしいでしょうか?」


 声を掛けられて初めて気づいたという大仰な反応を見せ、男は眉間に皺を寄せる。


「ビウム、私は今から人生最大の恥をかくのだ。居座るというのなら、私への幻滅を免れないがそれでもいいかね?」


 本心から楽しそうに言うと、男は僕の向かいに座った。


「構いません。伯父さんのことは大好きでしたけど、兄さんの一件でとうに愛想が尽きておりますから」


 言い放ってビウムも僕の横へ座る。

 

「おやおや、こいつは寂しい。大きくなったら私と結婚すると豪語していた君に嫌われちゃあ、私も傷つく」


「子供の頃の話を持ち出さないでくださいな」


 伯父からからかわれ、ビウムはムスッと唇を突き出した。


「おっと失礼。アナンシさん、いやアナンシ様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 すぐに顔から笑みを消し、深刻な表情で会長は僕に向き直る。

 その眼光は形容しがたい光をたたえており、流石にクセがありそうだ。

 

「いえ、あまりへりくだられるとこちらもむず痒いです」


「それではアナンシさん。あらためましてセンドロウ商会会長のジョージでございます。今回は私の不手際から多大なご迷惑をお掛けいたしました。全面的に謝罪いたしますので、思うところはありましょうがどうぞお許しください」


 会長のジョージは慇懃な態度で詫びた。

 思わずこちらが緊張してしまうような謝罪に、居心地が悪くなる。

 なにより、少女の前で伯父に頭を下げさせるというのも気持ちがいいことではない。


「ええ、条件さえ呑んでいただけるのであれば。そもそも僕だってここへ争いに来たわけじゃありませんし」


「さすが、お心がひろい。それはもう、全てを完璧に履行させていただきます。まず宿の手配、それから賠償金。用心棒の譲与。そうして……ノッキリスの追放ですね」


 ノッキリスの名前を聞いてビウムの眉間へ皺が刻まれる。

 

「あれは可愛い甥でございました。もちろん、異常な性質は危惧していましたし何度も矯正を試みました。しかしそれらも効果は無く。腹心のサーディムに預けたのも矯正の一環だったのですが……」


 と言う事はノッキリスへのサーディムの暴行は会長公認だった訳だ。

 ジョージは残念そうにため息を吐く。


「残念でもやっていただきます」


 僕が念を押すと、ジョージはキョトンとした表情で僕の顔を見た。


「残念……? ああ、いえね。まったく残念です。ノッキリスは幼い頃から商売人としての教育を受け、有望な若手でした。将来はそれこそ私の跡を継いでもおかしく無かった。だけど、もうダメですね。今回の一件は切っ掛けを求めるとノッキリスが山賊に囚われた事にある。そこをアナンシさんに助けられたんでしたね。そうしてズルズルと事を引き起こし、ついには商会へ大損を与えた。あの男がそれをまかなえる財を築いていればよかったが、悪癖に金を突っ込み、碌な蓄財もない。今回の件ではっきりしました。あいつは総合的にみれば評価に値しないのだと。ええ、残念です。とても」


 もはや、興味を無くした玩具を捨てるような口ぶりでジョージは甥の追放を宣言した。

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