第317話 体当たり
「僕の認識では、僕たちは争い合う者同士ですね。不幸にも」
争いは終わらず、目の前には敵の大幹部が無防備に座っている。
ほんの一発、小さな魔力球で十分に殺せる。
僕は狙いを定めるように手を挙げ、指で男の額を差した。
「ダメ、父を殺さないでください!」
金切り声を上げてビウムが縋り付いた衝撃に、僕はよろけて無様に転んでしまった。
強く打った尻がズキリと痛む。
僕が縋り付いたとき、ルガムはビクともしなかったな。なんて場違いな事を思い出す。
ビウムの前で魔法を見せたつもりはないのだけど、いまだにマヌケ面を提げている父親よりも察しはいいのだろう。
少し恥ずかしかったけれど、ビウムを押しのけ体を起こして咳払いを一つ。
「それは降伏の言葉と受け取っていい?」
僕だって、状況を飲み込めてもいないオジサンを殺して嬉しい訳じゃない。
降伏をするというのなら、争いなんてすぐやめてしまいたい。
相変わらず事態が飲み込めずに混乱している副会長はぎょろぎょろと目玉を動かしたあと、複雑な表情でシアジオに目線をやった。
「ええ降伏します、アナンシさん。ですからどうか、寛大なお心でお納めください」
シアジオは大きく息を吸うと、恭しく地面に伏せて言った。
「と、いうことなんですけども副会長さん、これは商会の総意と見ていいですか?」
立ち上がって、ビウムの手を取ってやると、彼女も立ち上がって申し訳なさそうに俯く。
「副会長、ここは謝っておきましょう。これ以上揉めたって損するだけですって!」
シアジオは副会長に駆け寄るとその両腕を取って体を揺すった。
「お、おう……」
損という言葉に反応したのか、副会長はようやく呻くように言葉をひねり出す。
心から納得している訳ではないのだろうけど、とにかくこれで争いは終わりだ。
「シアジオさん、後できちんと会長にも話を通しておいてよ。もし、また襲われるような事があれば商会を辞めているとか関係無くシアジオさんも殺しに行くから」
シアジオは顔を青くして上体をのけぞらせる。
「そ……その時は俺が会長を殴ってでも止めます」
なるほど、アーミウスで指折りの権力者を殴るというのなら相当の覚悟なのだろう。
よし、信用しよう。
しかし副会長は状況について行けないのか、座ったまま汗をびっしょりとかいている。
とにかく、僕は勝者である。響きとは裏腹に甘美な喜びとは無縁なのだけど。
僕はグッタリと疲れていて、床に座り込んでしまいそうだった。
だけど、もう少し勝利者らしく振る舞わなければいけない。
応接椅子に座ると、足を放り出して背もたれに体を預ける。
あまり誉められた態度ではないのだけど、勝者として多少の横柄は許して貰おう。
ビウムもついてくると何故か僕の向かいではなく横に腰掛けた。
「ええと、勝者としての要求を出します。まずは商会との件で怪我をした仲間たちの治療の為、清潔な宿を手配してください。それからお借りしているサンサネラを正式にもらい受けたい」
国一番の商会からすれば大したことではないはずだ。
僕がじっと見据えると副会長は曖昧に頷く。
「あと、ノッキリスを追放してください。彼を商会に置き続けることは許しません」
彼の醜悪さは僕にとって直視しがたく、それを支えるのは今の身分でもある。後ろ盾を失ってしまえば彼がいくら望もうとも、そうそう欲望は満たせないだろう。
息子の事とあって、ようやく感情が帰ってきたのか副会長は狼狽した。
「いや、それは……」
「異論を挟むのなら、戦闘を再開しますか?」
再び指を額に向けると、シアジオが割り込んできて副会長を殴りつけた。
椅子から転げ落ちた副会長は驚いた顔でシアジオを見上げる。
「余計な口を挟むんじゃないよ、死にたいのか!」
おそらく、彼らが出会ってから今まで主従の関係性は変わらなかったのだろう。
その結びつきよりも僕への恐怖が重くなったらしい。
「ノッキリスの追放も私の方で責任を持ってやりますので!」
シアジオは冷や汗を額に浮かべながら頭を下げる。
なるほど、勝者というのはこうやって恐れられるものなのだろうか。
思えば僕は今まで勝者となった事は一度も無かった気がする。
口を切ったのか、血を垂らしながら転がる副会長は動揺が激しく頬を押さえたまま微動だにしない。
おそらく敗北や虐げられることになれていないのだ。
大勢に傅かれ、腕利きの用心棒に守られ、国の要に利権を握る。
そんな小男が『小汚い』と評した僕に生殺与奪を握られるなんて想像もしなかっただろう。
「あとは金銭的な賠償を少々……」
僕が持って来た路銀の大半はルビーリーたちに渡してしまったので今後の滞在費が必要なのだ。
僕が提示した金額はブラントからの依頼料を三倍にしたほどの金額だったのだけど、これもシアジオがすぐに了承し、口を挟もうとする副会長は再び殴られ黙らされた。
「ただ、金額が金額ですので今すぐに準備するのは無理です。一日待ってください」
「いいよ。もう二、三日はここにいるつもりだから、準備出来たら宿に持って来てよ。後は、僕の仲間を看病する人員を……」
「それ、私がやります。連れて行ってください!」
横手からビウムが声をあげた。
彼女は何故か先ほどから僕の腕を掴んでいたのだけど、なるほどついて来たかったのか。
醜悪な兄にいいようにされ、それを訴えても軟禁される。お世辞にも、商会や家族からの扱いはよくなかった。そちらに絶望した彼女にとって、聖騎士然として彼女を守った僕の方が印象もよかったのかもしれない。
「あの、先ほどは急に飛びかかったりしてごめんなさい」
「別に怒っていないよ。僕もやったことあるし」
その行動を放尿と悩んだことはそっと心の奥底に隠した。
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