第295話 腕試し

 静寂が戻った丘の上で、僕は油断せずに魔力を練った。

 どこかへ移動した結果、消え失せたのであればいいのだけど、なんらかの方法で姿を不可視にしただけなら無防備はさらせない。 

 緊張が伝わり、コルネリも周囲を旋回している。

 槍を拾って、周囲に振り回してもみたのだけど重すぎて素早く振れず、たたらを踏んでしまった。

 これでどうにかなるくらいならはじめから苦戦なんてしていない。僕は兵士の血がベッタリと着いた槍を投げ捨てた。

 ノラや小雨ならいざ知らず、そもそも見えない敵の気配を感じるという高度な技能を僕は持ち合わせていない。

 おっかなビックリ足を進め、地面に転がった毛むくじゃらな腕に近づいてみた。

 青い。

 確かに緑色の体液に塗れていたはずの腕が染めたように青く変色していた。

 血が黒く変色するような事なのだろうか。

 リザードマンであっても血の色は赤いので、ムーランダーはもっと遠い生き物なのだろうか。

 つま先で蹴ってみると、グニグニと動いたので慌ててさがった。

 しかし、襲いかかっては来ないようなので再び近づき観察をしてみる。

 再び、蹴っ飛ばして見るのだけど、やはり蠢くだけで激しく動いたりはしなかった。

 毛から先端部が覗いているのは指だろうか。縦に筋が入って、色は黒い。

 指の数は四本か、長さは……。

 そう思って手のひら辺りの毛をかき分けた瞬間、僕はギョッとした。

 指が異様に長い。いや、手のひらがない。

 指と思った器官は長い触手のようになっていて、それはそのまま切断された肩口まで続いていた。

 もしやと思って断面部に顔を近づけてよく観察してみる。

 腕の切断面は奇怪な魔物をたくさん見てきた僕でも鳥肌が立つほど、グロテスクだった。

 太いミミズを輪切りにしたような断面が二十数個束ねられて腕を形作っている。

 ドキドキしながら指の一本を摘まんでみると、ザラザラとして、ビクビクと動く。

 意を決してそのまま引っ張ると、さして力もいらずにツウッと他の繊維状筋からそれ一本だけ剥がれた。

 剥がれた瞬間、ブルブル震えだしたので慌てて投げ捨てると地面でも死にかけの蛇の様にのたうち回る。

 次の指も同じように引っ張ってみるとやはりツウッととれる。

 その調子で四本の繊維を取り外すと、毛の中から短い繊維が顔を出した。

 それも摘まむと、簡単にとれる。

 とれたものは地面に置くとしばらくうねり、やがて動かなくなった。

 なるほど。まだ断定は出来ないけれど、彼らの体はこのように太い繊維を組み合わせて成り立っているのだろう。

 そうして、外側に面した繊維から毛を生やしているのだ。

 胴体部の内蔵や頭部はどうなっているのだろうか。

 敵対したくは無いけれど、相手のことを知っていて損はない。

 楽しそうにトロールの死体を壊していたカルコーマの言動が脳裏に浮かぶ。

 

『火炎球』


 魔法を唱えると、火球が腕を包み燃え上がった。

 火はすぐに消え、熱を残した残骸を蹴り転がして観察してみる。

 毛に包まれた部分はほとんど燃えていない。対して、取り外した繊維は激しく収縮しているので、毛に耐火性や難燃性があるのだろう。

 たしかに、人間ではない。だけど、体のつくりそのものを恐れるもので無いことは解った。

 千切れるし、血も流す。そうして動かなくなる。つまり、殺せる可能性が高いということだ。

 すくなくとも、存在するだけで周囲の生命エネルギーを吸収するアンドリューの方がよほど恐ろしい。

 となると、警戒すべきは魔力を用いない不思議な能力か。

 ここまでやっても出てこないということは、件のムーランダーはどこかへ移動したのだろう。そう考えれば一号の影渡りに近い能力なのかもしれない。

 僕の落ち着きが伝わったのか、コルネリが僕の肩に降りてきた。

 

「ありがとうね」


 お礼をいって腹を撫でてやると、嬉しそうに眼を細め、牙を剥いた。

 彼の喜びは僕にも伝わり、精神を明るくさせる。

 存分になで回していると、丘の下から駆け寄る三つの影が見えた。

 大きいのがサンサネラ、中くらいのがマーロ、小さいのがパラゴだろう。


「ムーランダーはどこに行ったのさ?」


 闇を見通そうと瞳孔を広げて周囲を見回すサンサネラが問う。

 それに続いて、マーロも短剣を構えた。僕を守るように側に立つ。


「敵はどこですか?」


 パラゴだけはやや離れた場所に伏せて短弓をつがえていた。

 敵を見つければ隠れた位置から奇襲を掛ける気なのだろう。

 その動きはいずれも迷いがなく、頼もしい。


「ええと、たぶん帰ったよ」


 僕は切り落とされた腕を指した。

 コルネリが誇らしげに胸を張る。


「アナンシさん、これは?」


 剣先で転がる腕や繊維をつつきながらマーロが呻く。

 

「敵の……て言ったら駄目か。ムーランダーって種族の腕」


 まだ敵対が決まっていない。そうして敵対したくはない。

 行きがかり上、不幸な事故で腕を千切っちゃったけど、謝ったら笑って許してはくれないだろうか。

 ……無理だろうな。僕なら絶対に許せないもの。

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