外章

第278話 山歩き

 喉が渇く。

 魔力が薄い迷宮の外だから、というわけではなくて単純にツラいからだ。

 森の中の細い山道は延々と続いていて、もう数時間も登っている。


「ねえ、まだ着かないのかな?」


 僕は前を歩く男に声を掛けた。


「知らねえよ。麓の村で聞いた話じゃもう着いていておかしくないがな」


 無責任な案内役もあったものだ。

 僕はため息を着きながら足を進めることに没頭した。


「道に迷ったと言う事は?」


 後ろから女の声が飛んだ。


「一本道だっただろ。黙って歩け、少なくともいつかは尾根に出る」


 苔むした泥道を、重たい荷物を背負って行くのは骨が折れる。


「ねえマーロ、せめてリュックは持ってくれないかな」


 僕の後ろを歩く女戦士にして、同期としてブラントの教育を受けたマーロに頼むのも何度目だろう。


「駄目です。私には私の役目があります」


 鎧も帯びず、ただ短剣だけを腰にさげたマーロはその都度、素っ気なく撥ね除けた。

 汗が顎からしたたり地面に落ちる。そろそろ限界だ。

 そうなると僕の役目が果たせなくなる。


「パラゴ、ちょっと休憩を取ろうよ」


 出来るだけ情けなく言うと、気持ちが通じたのか前を歩く男が立ち止まった。

 シガーフル隊の正メンバーである彼は、もともと僕と仲間だったのだから、心くらい通じる筈だ。

 

「やっぱり一杯喰わされたな。客だぜ」


 吐き捨てる様に言うとパラゴは腰のナイフを引き抜いて身構える。

 山道はやや広くなっており、そこにワラワラとむさ苦しい男たちが待ち構えていた。

 装備からすると傭兵崩れといったところか。

 見回すと、森の中から湧いて出るように現れた数人が退路を断つように後ろに立っていた。

 僕たちを逃がす気はないようだ。

 旅人に嘘の道を教え山道に引き込み、疲れた辺りで待ち受けこれを襲う。

 略奪者、あるいは単に山賊と表現しても過不足ない。きっとこれまでも大勢の人々を殺して来たのだろう。彼らの笑みには血の臭いすらしそうだ。

 中央に立つ大柄なひげ面がリーダーか。


「残念だったな。ここを通るには通行料が必要だ。それはつまり、お前らの全てだ!」


 リーダーが野太い声で怒鳴った。なかなか堂に入って威圧感がある。

 しかし、全てということは身ぐるみを剥ぐのは当然として、僕たち自身も奴隷として売却するつもりなのだろう。

 こちらもようやく奴隷から解放されたばかりなのだから、また奴隷に落とされてはたまらない。

 

「じゃあ、マーロの出番……」


 僕が振り返るまでもなく、既に五人が血だまりに沈んでいた。

 達人級戦士のマーロに取ってそこらの山賊なんて相手にもならない。

 早業で次々と獲物を屠っていく。


「俺を戦闘の頭数に数えるなよ」


 パラゴは堂々と情けないことをいって僕の後ろにさがった。

 彼だって達人級の冒険者なのだからそこらのゴロツキにひけは取らないのだけど、どうも戦闘は苦手らしい。

 じゃあ僕も出番だ。


『ゼタ、やっちゃって』


 生ける鎧の召喚。

 突如現れた全身鎧に山賊たちの目は釘付けになった。

 亜空間から飛び出したゼタは山賊たちを認識すると即座に火の雨を降らせる。

 あっという間に山賊の大半が炎に包まれた。

 実に見慣れた光景だと僕は思う。

 迷宮内では物取りが大勢徘徊していて、遭遇すれば殺し合って来た。

 迷宮から離れる苦痛を忘れるほど、山賊たちの惨劇に心を落ち着ける自分がいる。

 あんまりいい趣味じゃない。僕は頭を掻きながら反省し、戦闘の推移を見つめた。

 ゼタが魔力切れで動けなくなった時には既に戦意のある山賊は皆無で、マーロだけが淡々と剣を振るい続けている。

 と、最後に二人残った山賊が左右に分かれて逃げ出した。

 マーロは迷い無く右に逃げた男を追い、斬り捨てたのだけど、逆に逃げた男はその間に距離を稼いでいる。

 もはや魔法も届かない。

 僕たちだけなら山賊は逃げ仰せただろう。

 瞬間、黒い影が走り逃げた男の頭部が消失した。

 頭を無くした体はそのまま走り続け、木にぶつかって倒れる。

 敵を仕留めた影はバサバサと羽ばたいてこちらへ飛んできた。

 

「コルネリ、ありがとう」


 僕がお礼を言うとコルネリはもぎ取った頭部を捨て、僕の胸に張り付く。

 背中を撫でてやると喜び、目を細めた。

 普段、僕の体にぶら下がっているコルネリは僕が疲れたのを感じて負担にならないように自分で飛んでついて来ていたのだ。彼が満足するまで存分に撫でてあげよう。

 いずれにせよこれで戦闘は終了。僕たちは怪我をしていないし、山賊に生き残りはいない。 

 つまり完勝である。

 コルネリを撫でていると、マーロが戻って来た。

 

「道そのものが違うのだとすれば時間のロスですね」


 その口調はパラゴを責めるようで、表情も渋い。


「知るかよ。俺だって行ったことないんだ。文句があるならオマエが先頭を歩け」


 パラゴも不機嫌そうに呟くと、とっとと歩き出した。


「待ってよパラゴ、どこへ行くの?」


 固まったゼタを亜空間に戻してその後を追う。

 なんせ今回は彼が先導役なのだ。僕もマーロも旅なんてしたことがないのでどちらに向かえばいいのかもよくわからない。

 それを理解しているからか、護衛兼お目付役のマーロも渋々ついてくる。

 パラゴ、マーロに僕を加えて三人のパーティである。

 キイ、とコルネリが鳴いた。自分が頭数に入っていないので不満なのだ。

 とにかく、三人と一匹。ゼタも入れれば三人と一匹と一体だろうか。

 その面子で僕は生まれて初めての旅路というものを歩んでいた。

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