第255話 壊して遊ぼう
地下二十階を過ぎるくらいまでは順調に進んだ行程も、徐々に速度が緩み、二十五階を過ぎた辺りでカタツムリのように遅々として進まなくなってしまった。
理由は簡単で、トロール達がどんどん強力になっていくからだ。
ついに個体間の連携や、魔法を使いこなす個体が現れるに至って、一戦ごとに激しい消耗を強いられることになった。
戦闘の最後、一隊のリーダーらしきトロールに刀を突き立ててノラは荒い息を吐いた。
八匹のトロール達との戦いは辛くも僕たちの勝利に終わった。
小雨は頬肉の一部と片耳がちぎれ飛んでいるし、カルコーマの左腕は手甲ごとあらぬ方向に曲がってしまっている。
「ああ、しんどい!」
カルコーマは怒鳴り散らすと歯が混ざった赤い唾を吐いた。
「行儀がわるいですよ、カルコーマ」
自らも重傷を負いながらいつもと変わらない調子の小雨が諫める。
「へえ、すんません。姐さん」
カルコーマが首だけを小さく動かした。どうもその動作は彼なりの謝罪らしい。
ステアは慌てて彼らに駆け寄り、回復魔法を唱えた。かつてよりも遙かに強力になった奇跡が傷をたちどころに癒やしていく。
「シスターステア、ありがとうございます。さて、少し休憩を取りましょうか」
目を閉じて何事か考えているノラに代わり、小雨が告げる。
ここのところ、一戦ごとに休憩が挟まれていた。
怪我も増え、徐々に危うくなっているにもかかわらず、普段無表情なノラは満足げに刀を引き抜くと、倒れたトロールに腰掛ける。
そのトロールは片手に巨大な戦斧を持ち、頭には分厚い金属の兜を身につけていた。
他のトロール達も棍棒の他に長剣や槍、盾などを装備している。
順応が高くなると、亜人系の魔物は特に知性が上昇し、武器や魔法を使い出すというが、その好例である。
僕も疲れてしまって、手近なトロールの死体に座るとコルネリの頭をグシャグシャと撫でた。
彼はトロール相手に牙が立たない事を理解したのか目玉、耳、鼻などへの急所攻撃に狙いを絞っているし、そうじゃないときは陽動として視線を引きつけてくれている。
しかし、このトロールは僕の知っているそれとまったく違う。
僕はコルネリを撫でるのと逆の手でトロールの皮膚に触れた。生々しく熱を保ったままの岩肌は、刃物なんてとても通りそうになくて、それを切り裂くのはノラや小雨の超絶的な技量がなせる技なのだろう。
僕がこれまで見てきたトロールは、巨体で怪力ではあるものの、ここまで硬くなかった。
しかも、動きはどちらかと言えば緩慢で、仲間と群れていたとしても各々が棍棒を振り回すのが精々だ。
もちろん、初心者から中堅にさしかかった冒険者にとって十分すぎる程に脅威ではあるし、僕だって初めて遭遇したころは恐ろしくて仕方が無かった。
だけど、あれが脅威ならこのトロール達は一匹ずつが天災に等しいのではないだろうか。
ノラと正面から切り結ぶ魔物なんて今まで居なかった。
カルコーマの打撃で打ち砕けない魔物も見なかったし、小雨の変幻的な動きに対応して打撃を加えた魔物も初めてだ。
その上、ゼタが打ち込んだ体内への火球攻撃も耐え、トロール達は戦闘を継続して見せた。
不意に、ドンと鈍い音がしてそちらを見ればカルコーマがトロールの死体を踏みつけていた。
小雨に首を掻ききられて絶命した、比較的損耗の少ない死体だった。
何事か見ていると、彼はトロールの鎖骨を叩き折り、両肘を折り、両膝を踏み砕く。
次いでカルコーマは申し訳程度、トロールが身に付けている腰巻きを剥がした。
「カルコーマさん、いったいなにをしているんですか?」
僕は無視できなくなり、問いかける。
「なにって、こいつら硬いから壊し方を調べてるんじゃねえかよ」
言ってトロールの男性器をつまみ上げた。
「チンコはデカい。そして柔いな。死んでるからか?」
言いながら陰茎の裏の陰嚢へ手を伸ばす。
「金玉は小さくて硬いか。しかし、まあ他よりは柔いな」
笑いながら、カルコーマは恥骨を割り、大腿骨、脛、足首を踏み割ったあと満足した様にトロールの腹にどっかと座った。
「だいたい解った。小僧、お前は調べないのか?」
カルコーマは引き千切った陰茎を握り、露悪的に笑う。
僕が引きつった顔を横に振ると、カルコーマは肉棒を投げ捨ててつまらなそうな顔をした。
「弱いヤツってだいたいそうなんだよな。死にたくないのならもっと獲物を調べろ。観察して、次の戦い方を編め。大将もお嬢……いや、姐さんもそうしているだろ」
言われてノラを見ると、彼は目を瞑ったまま刀の柄に手を掛けて指を動かしていた。
時折、肩がピクリと動いて止まる。刀の持ち手を換える。
横に座る小雨も半眼を開け、唇が小さく動いて何事かをブツブツと呟いている。
この状態のノラを、僕は一度だけ見た事がある。あれは初めて一号に会った帰りだったか。
彼は負けてすぐ、次はどう戦うのかを考えていたのだ。
「ちなみに、教えておいてやるよ。こいつら、体重があるから膝が狙い目だ。それから、盛り上がった肩と硬い皮膚のせいでほとんど横も見えない。方向転換も下手くそだから、こいつらから逃げるときはむしろ横をすり抜けて、奥に行った方がいいかもな」
なるほど。僕が前衛の三人を苦手なのは変わらないのだけど、彼らが誇る強さの一端を見た気がした。
コルネリをグシャグシャにしながら僕も考え込む。
雷光矢は効いた。一匹はそれで倒している。
ウル師匠が作戦を練り一号を倒したように僕も戦法を考えなければ。そんな事を考えていると、僕の横にステアが腰掛けた。
コルネリが唸るのを慌てて止めて、その顔を見れば、やや申し訳なさそうだ。
「あの、申し訳ないんですけど私とも話して貰えますか」
危ない。
命の危機や別の問題にすっかり押されて迷宮に入った目的を忘れるところだった。
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