第241話 やれば出来る、子。

 迷宮での仕事を終え、夕方の道を家に帰る。

 玄関を開けると、夕飯中でみんなが食事をしていた。

 ルガムや子供たちの視線が一斉に僕へ刺さり、そして示し合わせたかのように違う一点に収束された。


「ただいま。……え、なに?」


 僕も彼らに歩み寄って視線の先をみれば、玄関からは見えないところに立派な飾り鎧が据えてあった。

 場違いで、そうして邪魔くさい。ブラント邸の様な立派な応接間ならともかく、普通の民家で、それも大勢暮らしている僕たちの家には全く不似合いである。


「それ、ブラントさんって人から兄ちゃんにって。動かすのも重くて大変だったぜ」


 年かさの少年が不満げに言った。

 送られた本人は不在でいつ帰って来るかもわからず、さりとて高価そうな贈り物を野ざらしにするわけにもいかないと思ったのだろう。

 狭い玄関や廊下を頑張って通した彼らの苦労がしのばれる。


「ごめんね、仕事道具なんだ。あとで片付けるから今夜だけ我慢してよ」


 まさかこんなにすぐに運ばれるとは思わなかった。

 僕としては後日、受け取り日を調整して持ってきてもらうつもりだったのだけど、ブラントの性格を考慮するべきだった。

 

「でも、鎧とか着ないでしょ」


 ルガムが根菜類の煮物を皿に取りながら尋ねてきた。

 彼女は元冒険者であるし、シガーフル隊の仲間でもあったので僕が鎧を必要としないことは当然知っている。

 しかし、鎧の使い道をルガムはともかく子供たちの前で言ってもいいものか悩ましくもあり僕は笑ってごまかした。

 ルガムもそれ以上追及はしなかったし、子供たちがベンチ席を詰めて僕のスペースも空けてくれたので、そのまま食卓について僕も食事に手を伸ばす。

 

「そういえばあの、飾り紐だけど……」


 僕が言うと、年下の女の子が元気よく手を挙げた。


「私、私が編んだよ。ちゃんと見本通りで上手でしょ!」


 誇らしげに言うので思わず僕もうなずいてしまった。

 

「最初は私がやったんだけど、その子がやりたいっていうからやらせてみたんだよ。そうしたら上手くてさ」


 ルガムも笑いながら説明をし、立ち上がると棚の上から編み紐をひと固まり取り出して来た。

 

「だからすごい量できちゃったけど、どれくらいいる?」


「ああ……少しあればいいんだけど、これ使って皮手袋に装飾とかした?」


 教え子がその手袋を装備していたことを話すと、ルガムはあっさりとうなずいた。


「え、だってこれ全部使わないでしょ。もったいないし飾りに使ったんだけど、問屋さんからは褒められたよ」


 別に責めたい訳でもないし、なんに使おうが構いはしないのだけど、その編み紐の意味が個人や氏族を特定するっていうことは……まあ、いいか。

 それを見て誰かが文句を言ってくる可能性は低いのだ。それなら我が家の家計の足しになった方がずっといい。

 食卓の話題も他の事に流れ、僕たちは食事を再開した。


 *


 食事が終わり、片付けも終わると子供たちは早々に寝室へと移動していった。

 朝をダラダラと過ごす僕と違い、彼らには早朝から仕事があるので眠いのだろう。

 食堂には僕とルガムの二人が残された。

 新婚ながら、子供が大勢いる僕たちの家庭は二人きりになれる時間が少なく、夕食後に二人きりで語らうのがいつの間にか習慣と化していた。

 いくつか話題があり、何から話そうかと考えていると、ルガムの方から口を開いた。


「それ、結局どうするの?」


 彼女の視線は食堂の隅で立っている飾り鎧に注がれている。

 用途への純粋な興味というよりは、邪魔なのでいつどけるのかを聞かれているのだ。

 

「ええとね、迷宮に持っていくんだ。それでいろいろ使うつもり」


 僕は立ち上がると、鎧に手を当てる。

 実際に着用できる鎧ではあるのだけど、ブラントはあくまで飾りとして飾っていたため、目立った傷もない。

 

「それ、でも重いでしょう。迷宮に持っていく時は私が持とうか?」


 冒険者を辞めて筋肉が落ちたとはいえ、ルガムはまだ僕よりも逞しい。

 でも、僕だって遊んでいたわけじゃないのだ。

 体内で残った魔力を搔き集めて練り上げる。


「大丈夫。これくらいならどうにかなるから」


 空間魔法で亜空間の入り口を開き、中に飾り鎧を落とし込んだ。

 迷宮の外では頑張っても数回しか使えない魔法が無事成功し、僕は胸をなでおろす。

 空間魔法は消耗が激しく、内在する魔力でやると頑張っても空間の入り口が限られてくる。その為、鎧が入らなかったらどうしようと僕は本気で心配していたのだ。

 この空間魔法自体も秘技の類であるので子供たちに見せるわけには行かない。

 しかし、ルガムは単純に喜んで手を叩いている。

 

「へえ、便利だね。家具を動かしたりとか一人でできるじゃん」


「そういうのはちょっと……」


 僕の秘術よりも彼女が動かした方がずっと早い。

 僕は苦笑しながら、ルガムの正面に座り直し、ウル師匠の遺産と奴隷解放の話を伝えた。

 彼女は目を丸くして驚くと、僕の手を掴んでにんまりと笑った。


「やったね、市民権を得たってことはこの子も正規市民だ!」


 この子?

 はて、どの子の事だろうか。食堂には僕とルガムの二人しかいない。

 キョトンとした顔の僕を見て、ルガムもようやく言葉足らずに気づいたらしい。

 

「ほら、私のお腹の子の話だよ」

 

 ああ、お腹の子の話ね。

 お腹の子。

 お腹の子。

 その言葉の意味を理解するまで僕は十回ほどその言葉を繰り返した。


「あれ、言ってなかったっけ?」


 あっけらかんというルガムに、僕は聞いていないと抗議をした。

 なにもやましいことはないのに、背筋に鳥肌が立ち、脈拍が速くなる。

 

「え、僕の子?」


 言っていて、何を聞いているのだろうと自分でも思った。

 でも、それくらい混乱していたのだ。

 しかし、ルガムは混乱していなくて僕の言葉に不快そうに顔を歪めた。


「心当たりがないんなら違うんじゃない?」


 トゲのあるルガムの言葉に頭を叩かれる。

 心当たりはある。

 それも沢山。

 暑くもないのに、僕の額からは汗が流れ落ちた。

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