第240話 飾り鎧と手袋
僕が驚いた顔を浮かべていると、ブラントは鼻で笑った。
「なんだね、奴隷の教育で習っただろう。奴隷出身の金持ちもいると。その一人が私なのだよ。だからこそ、ウルエリも君のことを私に任せた」
「あ……いや、かなり意外だったものですから」
「まあ、君の様な出身の奴隷とはまた違うからね。私は戦争捕虜だったのだよ。この国の膨張に飲み込まれ、滅んだ国では騎士の家系だった。今となってはどうでもいいことだが、おかげで武術の素養があり、今はこのような身分にいられる。先祖には感謝だね」
口ひげを撫でつけ、ブラントは言う。
口調は朗らかで、しかしその目の奥は決して笑っていない。
故郷を失い、特権階級から奴隷に身を落としたことなど、決して快い記憶ではないのだろう。
しかし、なぜブラントが墓守などしているのかについてはようやく合点がいった。
本来、墓守は不可触な身分の者の仕事であり、土地が広いからと上流階級の人間が請け負うものではない。
その不浄の地へ資産家の子弟を住み込ませるという、彼なりの諧謔だったのだ。
もしかするとこの男は……そこまで考えて思考を止めた。
表向き、満たされてにこやかにしている人間とは表向きにこやかに交流すればいい。
彼の心の闇に踏み込むことは、その滅亡に巻き込まれる危険性を孕んでいた。
「ええと、そろそろ迷宮にも行く時間ですし、僕は失礼します」
僕はそう言うと椅子から立ち上がる。
とにかくウル師匠からの手紙は渡したのだし、後のことはブラントがやってくれるという。
話の雰囲気としては一刻も早くこの部屋を出て行きたかった。
「待ちたまえ」
扉に手をかけようとして、背後からの声に身が固まる。
「上司として、あるいは後見人として君に祝いの品を送ろうじゃないか。なにか欲しい物があるかね?」
僕が振り向くと、ブラントの表情に他意はなさそうだった。
そういうなら貰ってもいいものだろうか。ちょうど、最近気になっていた物がその室内には飾られていた。
「それ、いただいてもいいですか?」
僕が指した物を見て、今度はブラントが目を丸くする。
指の先には、偉丈夫が着て用いる全身金属鎧が飾られていた。
もちろん、僕が着る訳ではないのだけど、意図を説明するのも難しく、勢いで押し切り自宅に送って貰うことになった。
※
教え子たちを引き連れての迷宮行は地下十階で順応上げの段階に入った。
効率を考えるのであれば出来るだけ早くイシャールを倒したい。
だけど、あまり早く玄室に踏み込めばあっさりと返り討ちにあってしまう。
教授騎士の技量というのは畢竟、この見極めのうまさではないだろうか。
そんなことを思う間に、亜人の群をパーティは殲滅した。
目をさましたコルネリも手伝ったので撫でてやると嬉しそうに頬をすり寄せてくる。
「先生、開けてもいいですか?」
巣を漁り、現金を確保した盗賊が僕に聞く。
一瞬、前回の魔法使い殺しの失態が脳裏をかすめるのだけど、迷宮の探索において盗賊が宝箱を無視するなんてあり得ない。
「気をつけてね」
情けない助言をとばし、見守っていると今回は無事に罠を解除できたようで中から小瓶を取り出した。
何らかの薬の様だが、それが毒薬かどうかも判らないため持ち帰りになる。
こういった不明の商品はボッタクリ商店に持ち込むしかないのだけど、鑑定費用を差し引けば手元には一銭も残らない。
それでも、それはあくまで冒険者側の理屈であって、商品の売り上げは商店の利益、税金、役人や領主への付け届けに回り、都市を活性化することにつながるのだ。
まあ、知らないけどね。
商店に持ち込む旨味が冒険者個人に無い以上、重たいものを持ち帰るのは単に面倒であって、興味がある物以外は打ち捨てて帰る者も多いのではないだろうか。
しかし、僕も立場上建前が大事だし、彼らは近く軍人としてまさしく都市の利益から給与を受け取るようになるのだ。
盗賊の彼女は瓶をいそいそと袋に詰めた。
と、彼女が装備している革手袋に見覚えのある編み紐が縫いつけられていることに気付いた。
「ごめん、ちょっと手を見せて貰える」
盗賊は意味が分からない様子のまま、手を差し出す。
間違いなく、ワデットの編み紐だった。
「ねえ、この手袋どうしたの?」
「普通に、お店に売ってましたけど。他のと値段は一緒だし、見分けがつきやすくていいかなって……」
確かに、革手袋などの消耗品は同じ形の物が無数にある。
その中で特徴があれば自分の物を見分けるのは容易いだろう。
普通は、刺繍で自分の名前を縫ったりするのだけど、編み紐が飾りとして手首に縫いつけられていてより見分けやすい。
どう考えても、ルガムが作った手袋だ。
彼女は再現した編み紐を商品の装飾に使ったのだろう。
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