第225話 バンシー
迷宮に入ると、前衛の三人は大いに活躍し、敵を蹴散らしていった。
そう、ベリコガも驚くほどに強くなっていたのだ。
確かに、ブラントとの手合わせを毎日欠かさずに続けているのは知っていた。
暇を見つけては迷宮にも入り、順応を進めているとも聞いていた。
しかし、この頼もしさはなんだ。
小盾で的確に攻撃を受け流し、小剣で切り付けていく。
自らは絶対にバランスを崩さずに、相対する魔物にはバランスを崩させる独特の戦い方は、ブラントの動きによく似ていた。
ヒヨコを鷹に変えたのではない。カエルを鷹に変えたのだから、やはりブラントの指導技術は卓越しているといえるだろう。
ベリコガは大型亜人の体勢を崩すと、素早く首の動脈を撥ねて倒した。
しかし、ギーはそれ以上に力強く、槍の穂先は次々に亜人の弱点を突いていく。
シグに至っては亜人が掲げた粗末な盾ごと無造作に亜人を切り捨てると、その勢いで違う亜人も斬り倒す。そのたたずまいには圧倒的な暴力を感じさせた。
そうして、ほとんど僕たち後衛組の出番はないまま地下七階にたどり着く。
女の様な外見をした邪霊のバンシーをせん滅したあと、僕たちは今回初めての休憩をすることにした。
「今回はいったい、なんなんですか?」
手持無沙汰なのかビーゴが僕に聞いた。しかし、その言葉とは裏腹に、興味は薄そうだ。
彼にとってはシグと同行できるのであれば他はどうでもいいのだろう。
でも、とにかく協力してくれていることは事実で、僕はできるだけ真摯に答えることにした。
「僕の師匠に会いに行くんだ。きっと、大事な話になると思うから」
「へえ、師匠って『賢者』ウルエリさんでしたっけ。わあ、有名人だ」
割と悲壮さを滲ませて話したつもりだけど、ビーゴの口調はどこか無責任に嬉しそうで、僕をイラつかせた。
でも、彼に悪気がないのは知っている。そうして、それが彼の強みであることも。
と、横からモモックに蹴られた。
「のう、アイヤン。あんた手を抜いとるやん。いろいろ試すのはもうやめたとね?」
不満そうな言い方である。
「いや、あんまり順調に行き過ぎていて、使う間もなかったんだ」
僕が激しく動いたりしないものだから、コルネリも胸に張り付いたまますっかり熟睡していた。
「え、いろいろってなんですか?」
ビーゴが興味深そうに僕の顔を見る。
僕がアンドリューから記憶を流し込まれたとき、彼もその場にいたのだけど、はたから見たら僕の頭をアンドリューが掴んだだけにしか見えなかったはずだ。
「こんアイヤンはうさんくさか技ばいっぱい覚えたったい。ばってんが使わんもんやけ、いっちょんうまくならんと。オイはこん前もそいに付き合ってやったとやもんね」
何故かモモックが胸を張る。
「え、どんな技なんですか。僕にも教えてくださいよ」
そう思うならアンドリューを追いかけてくれ。
思わず出そうになった言葉を飲み込み、僕は大きく息を吸う。
「ゴーレムの召喚術とかさ」
もっとも当たり障りのない回答でごまかす。
ゴーレム召喚は手間や高度さから廃れた技術ではあるけども強い拒否感をもたらす物ではない。
「あ、じゃあ死霊術とかもですね。あと悪魔召喚か。ちょっと何かやってくださいよ」
空気を読まないくせに察しはいい。
ビーゴは嬉しそうに、バンシーの死体を引っ張ってきた。
「これでも行けますか?」
「いけるやろうばい。こん前はワーウルフを動かしたもんね」
僕に代わってモモックが答える。
しかし、まだ前衛は余裕がありそうだしいいタイミングではあるかもしれない。
僕は魔力を練ると、バンシーに注ぎ込んだ。
前衛の戦士たちも見守る中でバンシーの死体が震えながら起き上がる。
顔が隠れるような長さの渇ききった髪で隠されているが、眼窩には眼球がなく、真っ暗な穴だけが開いている。
その上、手足は枯れ枝のように細く、事実として非力である。
そもそも、バンシーといえば咆哮が主な攻撃方法であって、それ以外はほとんど何もできない。
聞くものの生命を吸うといわれる咆哮だって、ここまで来るような冒険者を即死させるには威力が不足しているので、体力を削りきられる前に倒してしまえばいいのだ。
しかし大勢で現れ、次々に叫ばれるとそれなりに体力があってもあっさり殺されてしまうこともある。
今回は幸い、先制が出来て無傷の内に倒せたからいいものの、会えてうれしい魔物なんかではない。
「あれ、そいつん叫んだらオイたちも食らうっちゃなかと?」
モモックに言われ、僕もハッとした。
確かに声は四方八方に飛んでいく以上、近くで叫ばせるわけにはいかない。
かと言って人間でいえば子供の様に非力で動きが遅いバンシーが肉弾戦に耐えられるとも思えない。
僕がそっと魔力を抜くと、バンシーは再び死体に戻りベシャリと地面に崩れた。
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