第226話 親愛・嫉妬

 地下九階に降りると、さすがに進撃の勢いは鈍り、後衛も攻撃に加わる事が増えてきた。

 それでも、シグやギーは力負けせずに戦い続けている。

 

 現れたのは三つの頭を持つ猛犬、ケルベロスの群だった。

 この魔物は真ん中の頭が石化の呪いを込めた噛みつきを狙い、右肩の口が炎を吐く。

 左肩の頭も炎を吐くときには併せて口を開けているのだけど、ただそれだけで実害はない。

 これは最近気づいたのだけど、右肩の口で魔力を炎に変換して吐く際、同時に左肩の口で周囲の魔力を吸い込んでいるのだ。

 つまり、本物の頭は中央の一つで、いってしまえば火炎放射器官としての頭二つを順応で獲得した犬なのだ。

 その証拠に、左右の頭を吹き飛ばされても戦い続けるこの魔物は、中央の頭を潰されると絶命する。

 なんて説明を聞いたモモックが石弾を飛ばし頭を一つ打ち砕き、沈黙させると、前に出たシグが胴体ごとケルベロスを打ち砕く。

 真の頭を脅かすように動けば、ケルベロスは炎を吐かない。

 その隙を突くようにギーの槍が数匹の急所を貫く。

 なるほど、連携とはこのように行うのかという見本のような動きであってそれに遅れたベリコガを責めることはできない。

 しかし、惜しかろうがまるでダメだろうが吐かれた炎はこちらに被害をもたらす。

 回避不能な炎を前衛は鎧や盾を使って振り払い被害を最小限に抑え、僕は魔力の壁で、モモックは空気を吹き出して熱を中和する。

 相対的に、もっともダメージを受けたのはビーゴで、深刻な被害を受けて転げ回った。

 炎は一呼吸ほどの間で消えたものの、そこに残されたビーゴは後頭部から背中まで広く焼けただれている。

 

『治レ!』


 ギーの魔法が飛び、ビーゴの皮膚が復元されていく。

 出遅れたベリコガが最後の三頭、一匹にとどめを刺して戦闘は終了した。


 ※


「いやあ、熱かったですね」


 ビーゴが朗らかに言う。はっはっはと笑ってすらいる。

 僕が同じように炎に包まれた時はしばらく思考もままならなかった。

 しかし、異常なのは彼か僕か。ビーゴよりはまともなつもりだったのだけど、最近は自信がない。

 ビーゴも僕に倣って背負っている耐火リュックから着替えを取り出すと、何事もなかったように着替える。

 

「ギーの出番があってよかッタ」


 ギーが無表情に言うのだけど、彼女なりの冗談なのだろう。彼女の首からキャーキャーと笑い声が聞こえている。

 

「ギーさん、どうもです」


 ビーゴが軽く手を挙げるとギーも頷いて返すのだけど、僕は衝撃を受けていた。

 ギーの名前はブローン・ギーであって、彼女の故国ではよほど親しい者にしか下の名前を呼ばせないのだという。

 この都市にあって彼女のことをギーと呼んで許されるのは僕を含めて片手で数えられるほどしかいない。パーティを組んでいるシグでさえギーとは呼んでいないのだ。

 少なくとも僕はそう信じていたし、そのことをどこか誇らしく感じていた。

 にもかかわらず、ビーゴは彼女のことをギーと呼んでおり、雰囲気も自然だ。

 昨日今日、呼び始めた様子ではない。

 にわかに嫉妬心が鎌首をもたげ始め、自制心を総動員して伏せさせる。

 新制シガーフル隊のメンバー同士、仲がよいのは好ましく、そこに間違いはないのだけれど、言い様のないモヤモヤが心を覆う。


「随分、仲がいいんだね」


 僕は休んでいるギーの傍らに立って声を掛ける。

 その行動に意味がないことは分かっている。でも、思考ではなくて感情がそれをさせずには置かなかった。

 

「悪いヤツではなイナ」


 再び嫉妬心がうずき出す。

 

「でも、彼にもギーって呼ばせるって……」


 彼女の家族か恋人、そんな所としてビーゴが認識されたのだろうか。


「アア……何度ヤメろと言っても止めないので説得するのを諦めたノダ」


 言ってギーは笑った。

 尻尾がスルスルと動き、先端が僕の足にくっつく。

 

「心配しなくてもオマエの事を一番愛していルゾ」


 小声で言うとギーはフイと横を向く。 

 もちろん家族として、というのは分かっているのだけど、僕も照れてしまった。


「たまには戻ってコイ。メリアも寂しがっていルシ、ギーも寂シイ」


 尻尾は僕の足に絡みついていた。 

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