第224話 都市のはずれ
シグと分かれて自宅に戻ると、ルガムが食卓に座り、革を木槌で叩いていた。小気味のいい音が僕を見て止まる。
「おかえり」
「ただいま。といってもまたすぐに出かけるんだけどね」
僕は部屋に戻ると、リュックやローブなど冒険に必要な道具を持って再びルガムの元へ。
見たところ、他に人の気配はしない
「子供たちは?」
「仕事に行ったり買い物に行ったり。皆、出掛けてるよ」
ルガムがのびをしながら答える。
延々と続く作成作業に体が凝っているのだろう。
僕はローブのポケットから一本の編み紐を取り出すと、ルガムに差し出した。
「なにこれ?」
ルガムは怪訝な顔で僕の手から編み紐を取り上げる。
編み紐は水で洗ったものの、汚れが落ちずに全体的にくすんだ灰色になっていた。端的に表現すれば汚い。
「迷宮で拾ったんだけど、その模様って再現できる?」
僕がいうとルガムは目を細めて編み紐に見入った。
しばらく編み紐をにらみつけた後、小さく頷く。
「多分大丈夫だけど、こんなのどうするの?」
「まあ、ちょっとね」
僕は適当に言葉を濁す。
そもそも、どうするのかは僕だって考えていないのだ。
そんな事よりも、家に二人きりというのが重要だった。
ルガムの背後に回り込み、肩をほぐす。
「ちょっと、出掛けるんじゃないの?」
ルガムはくすぐったそうに笑いながら言った。
現役を退いて筋肉が落ちたルガムの肌は柔らかく、手のひらに馴染む。
僕は黙ったまま、肩をもみ続けた。やがて、肩から腕、手のひら、背中と揉んでいく。
一通り終わると、僕は背中からルガムを抱きしめる。
子供たちがいれば恥ずかしがってベタベタするのを嫌がるのだけど、彼女が許してくれるのなら、僕はずっとくっついていたかった。
匂いをかぐと彼女の香りが鼻孔をくすぐる。
「出掛けるよ。でも、もう少しだけ」
迷宮に入るときはいつだって帰ってこれない場合を想定しないといけない。
悪意の迷宮は何が起きるか分からず、この抱擁が人生最後の幸福になるかもしれない。そう思うと、いっそう離れがたかった。
後ろから彼女の頬に口づけをし、こっちを向いた彼女としばらく見つめ合った。
「時間はあるの?」
「ぜんぜんない」
でも、ほんの少し。
少しだけならいいだろう。
僕たちは見つめ合ったままキスをした。
※
僕がお屋敷に寄って同行を頼むと、ギーは快諾してくれた。
それは非常にありがたいのだけど、たまたま家に戻っていたモモックも横から同行を主張したのは計算外だった。
そうして、シグと合流すれば今回の顔ぶれが並ぶ。
のほほんとした顔で立っているベリコガと、シグの後ろに控えているビーゴ。
それにいい雰囲気の所で戻ってきてぶち壊したコルネリだ。
「あれ、ステアは?」
僕はコルネリの背中をなで回しながら聞いた。
「別のパーティについて迷宮に潜っているらしい」
シグは渋い顔を浮かべて答える。
確かに、何日も休みが続くのであれば、そういう選択肢もあるだろう。
「え、誰と?」
とはいえ、ステアがそうするのは珍しい。
彼女は冒険者になって以来、ずっとシガーフル隊一筋だったはずだ。
シガーフル隊が有名になるにつれて、この美少女の名前も大きくなっていき、今では彼女を目当てに教会を訪れる人も多いのだという。
そういう人に向けての宗教的勧誘や、ローム先生に連れられて権力者たちへの挨拶まわりが空隙を埋めていると本人がボヤいていた。
「ノラ隊」
短い返答にシグの嫌悪感が含まれている。
なるほど、それなら有り得る。
小雨は教団付きの暗殺者だし、カルコーマも教会の下男である。
なにより、名目上は信徒扱いのガルダが金を持っているので、寄付金として補償金を支払って頼むのであれば、ローム先生も拒否はしないだろう。
ガルダの名前を聞くだけで不機嫌になるシグほどではないのだけれど、久しぶりに彼女と歩けるのも楽しみだったので、僕は落胆した。
「回復魔法はギーだけダナ。出来るダケ、怪我をするナヨ」
ギーがしっぽで僕の尻を叩きながら言った。
「好き好んで怪我はしないよ。痛いのは嫌いだし。あ、ベリコガさんもありがとうございます」
僕はベリコガに頭を下げた。
彼はここの所、剣術道場の運営が順調らしく、余裕のある表情を浮かべていた。
「指導員には世話になったからな。恩は返すよ」
その気持ちは素直に嬉しい。
聞くところによれば、彼の故郷で行われた領主府と『荒野の家教会』の抗争はおおよそ決着が付いており、反教団側の官僚と教団が擁する官僚たちによって莫大な財産は山分けされることになったらしい。
しかし、それも虚しい話で大勢の官僚が暗殺されたり罷免されたりで北方領主府は立ち直りに時間がかかりそうだ。
一方の『荒野の家教会』もお膝元で布教を取り締まられたり、主要な幹部が処刑されたり、あるいは施設を燃やされたりで大いに混乱しているらしく、果たしてチャギの遺産で被害を補填できるのかは謎だ。
異民族と国境を接する防衛の要なのだから、粛々と日々の営みをこなせばいいのに、果たして余計な血を流す必要はあったのだろうか。
まあ、遠隔地でのもめ事なんて僕には一切関係がないのだけど。
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