第211話 準備不足

『火雷!』


 僕の唱えた魔法は遭遇したコボルトの群れを火に包んだ。

 コボルト達は口々に断末魔の声を残しながらバタバタと倒れていく。

 そうして最初の戦闘は無事に終わった。

 だけど、コボルト達が持っていた粗末な剣や柄の折れた槍などが燃え残って落ちており、僕を落ち着かなくさせる。

 運よく僕が先制できたからよかったものの、攻撃を受ければ僕なんかじゃ魔物の攻撃を避けきれない。

 そうなると、次の戦闘で僕が槍に貫かれても不思議ではないのだ。

 

「ねえ、モモックも戦ってよ」


 僕は不満をモモックにぶつけてみた。

 戦闘の間、モモックは僕よりも後ろで腕を組んで観戦に徹していたのだ。

 

「心配せんちゃ、ちゃんとやるけん。それよりアイヤンよ。アンタやっぱりボケちょらせん?」


 モモックは不服そうに言った。

 戦闘自体は、過不足なく魔法を利用した点で合格点だったと思うのだけど。

 

「ここにはオイ達しかおらんとばい。なんも出し惜しみせんちゃよかけん使えるモンは全部使ってみんや」


 彼は僕が禁術を使えることを知る数少ない一人だった。

 確かに、僕はいろんな魔法が使える。でも、それを積極的に使いたいかと言えば否で、むしろ使うことを極力避けてきた。

 それは人前で使えないという制限ももちろんのこと、使ってしまえば一気に魔物に変質してしまいそうな気がしたからだ。

 でも、まさにこういう配慮がモモックのいう知恵で、僕の持っていた純粋な生への執着を薄めるのだろう。

 僕は少し悩んだものの、モモックの言う通りに禁術を使うことにした。

 

「よし、わかった。やってみるよ」


 覚悟が決まれば技法を思い出していく。

 アンドリューという強大な魔物に刷り込まれた知識は膨大な研究や実践によって裏付けされたものであった。

 わが身で使うのは初めてだけど、幸いにも魔力の制御は得意だ。

 魔力を練り、術式を展開していく。

 

『甦れ、小鬼ども!』


 組み上げた魔法を解放すると、コボルト達の死体が動き出した。

 地面に手を着き、足を踏ん張り、ボロボロに焼け焦げた体は身を起こそうとする。

 しかし、そのまま崩れ落ちて動かなくなった。

 

「なんか、アイヤン。失敗しとおやん」


 モモックがせせら笑い、僕は恥ずかしくなる。

 

「ちょっと死体の状態が良くなかったみたい」

 

「ほんなら、アレださんね。あの、ゴーレムっちゅうやつ」


 そういえば僕やモモックと対峙した時、アンドリューはゴーレムを召喚して盾にして見せた。

 当然、その技法も揃っている。

 ただし、それがそのまま使えるかと言えばまた別の話である。

 

「あれはね、事前にゴーレムを作ってないと呼び出せないよ」


 ゴーレムを呼び出すのも高度な技法なのだけど、そもそもゴーレム作成が困難で、雑霊の岩への固定から始める必要があった。

 モモックの耳がピクリと動く。

 

「それが解っとって作ってないと? アレこそアンタに必要な技やろもん。それもやってないでおって、よう余裕やら言えたもんやね」


 モモックはまっすぐに僕の顔を見つめながら言った。その口調は失望と怒りが半々という様子だった。

 僕は一瞬、言い訳をしようと思ってやめる。多分、彼の言う通りであるからだ。

 迷宮の奥でパーティメンバーが死に絶えてから慌てても遅い。にもかかわらず順応も進み、死にづらくなったことで後回しにしていた。

 僕は深呼吸をして心を落ち着ける。

 モモックに怒っているわけではなくて、自分が死に近づいているかもしれないという予感が正しかったことに驚いたのだ。

 昔は生き残ることを第一の目標に置いて、いろいろ考えていた。でも今は知っていることでも準備しようとしていない。

 慢心に心が蝕まれている。一度、気持ちを入れ替えなければいけない。

 頭を冷やせ!

 僕は周囲の魔力を冷気に変換し、自らの額に当てた。

 心地よい冷たさが頭に上った熱を奪ってくれる。これだって冒険者組合では習うことのない秘術だ。

 関係あるか。

 人前で使えないからといって、技術を錆付かせてどうする。

 

「モモック、ありがとう。少しスッキリしたよ。もうちょっと行こうか」


 僕は礼を言いながら歩き出していた。


 *


『雷光矢!』


 僕の唱えた魔法は牙を持った地虫に突き刺さった。

 ウル師匠が唱えれば子供の頭ほどの穴を開ける魔法も、僕が唱えればせいぜい指一本分の穴を開けるに留まる。

 それでも、指一本分の穴を開けられて生きていられる生物は少なく、地虫は一撃で絶命した。

 九匹いた地虫は僕の魔法で四匹、モモックの石礫で三匹が死に、残りはコルネリの腹に収まった。

 食事を終えたコルネリは僕の肩に戻ってくると満足げに首を振る。

 その首を撫でてやると気持ちよさそうに目を細める顔がかわいらしい。

 

 僕たちは地下一階を歩き、そのまま地下二階に降りてきていた。

 魔力探知を行い、慎重に魔物との突発遭遇をさけ、戦闘はこちらから一気に仕掛ける。

 その繰り返しで僕たちは無傷のまま歩くことが出来ていた。

 どこまで行けるか。

 適当に襲撃しやすい魔物を探しているうちに、見覚えのある通路にたどり着いた。

 目を凝らさないとわかりづらいが、地面には薄い板がはめてある。

 かつてシガーフル隊が落ちた落とし穴だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る