第208話 桜

 まずもって言っておくと、僕だって教え子全員に愛着があるわけじゃない。全員が奴隷で、冒険者になるのだって自分の意志ではないのだから、態度がよくない者も少なからずいた。

 だけど中には僕を慕ってくれる生徒だっていたのだ。

 昨日死んだのはまさにそんな少年だった。

 嫌いな人間ならいくら死んでも構わないと思っている僕も、好意をもつ者が死ぬのは心に堪えるものがある。

 

「教え子の死の原因が僕にあるのなら、僕の能力不足ですので、僕を辞めさせればいいでしょう。だけど、僕から新しい担当に代わり、それでも死亡率が下がらなければ理由は別にあることになります。あらかじめ要因を全部つかんでおきたいのですが、何か思い当たる節はありませんか?」


 一般的に、新人冒険者は新人の肩書きがとれるより早く三割が死ぬという。ただし、その死は平等に訪れる訳ではない。

 一つのパーティには前衛をつとめる戦士が三人必要なので、死者の絶対数なら戦士職が一番多い。

 後衛には盗賊、僧侶、魔法使いが居るのだけど、その中では群を抜いて死者数が多いのが魔法使いなのだ。その死者数は戦士のそれに肉薄していて、結果として、新人魔法使いの死亡率は五割という数字に落ち着いているのである。

 これに、初級の肩書きがとれた後の死亡や、さらに途中で冒険者を辞めてしまう者をさっ引くと、達人級まで到達する魔法使いはおおよそ四十人に一人程度なのだという。

 そういった意味では、途中に辞める事が許されない奴隷として魔法使いの門を叩かされた連中は遅かれ早かれ死ぬのだと思う。

 それにしたって、まだ三ヶ月も経たない内に九割の死亡は異常である。

 冷静に考えるのなら、何らかの要因があるはずだ。

 ニエレクはしばらく考え込んだ。


「たとえば私の足を引っ張ろうとする誰かがわざと奴隷魔法使いを殺している……まったく心当たりは無いが、そうだと言いたいのか?」


 そういう可能性も無いではない。

 そうだとすれば僕はそいつを許さないだろう。


「それも含めて原因を調査したいと思っています。申し訳ありませんが、冒険者組合の為にもニエレク様、ご協力をお願いします」


「う……うむ」


 僕が頭を下げると、ニエレクはためらいがちに頷いた。


 ※


 授業が終わり、家路を歩く。

 日は傾きつつあり、まもなく夕方になる。

 近頃、コルネリはこの時間帯になると散歩に出るのが日課になっており、今日もどこかへ飛び去って行った。そうしていつも夜が更けたころ、僕の元へ帰ってくるのだ。

 ルガムや子供達に菓子でも買って帰ろうかと雑貨店に入ると、買い物客の女と目が合った。

 つり目のきつい顔立ちをした女で、どこかで見た顔だ。でもそれがどこで、誰だったのかが思い当たらず、軽く会釈して横を通り過ぎようとした。


「ちょっと待ちなさいよ」


 声をかけられて僕は立ち止まった。

 声の調子から、それが好意的なものでないことだけは確実だ。


「はい、なんでしょうか?」


 僕は振り返って丁寧に答える。

 さりげなく相手の全身を観察するのだけど、僕より少し年上で長髪、そうして折れてしまいそうなほどの細身だった。

 

「あなた、ワデットが死んだのは聞いた?」


 その名前も、聞き覚えがあるような気がしたのだけど、すぐには思い出せない。

 僕がこの都市に来て知り合った大勢の中の一人なのだろう。

 なんて考えていると、いきなり頬を張られた。

 すっかり油断していた僕は驚いて身を固めることしかできなかった。


「ワデットのことも覚えていないのね」


 じんわりと痛む頬に驚いて、彼女を見返すと、悲しそうな顔をして俯いていた。

 僕はなぜ叩かれたのだろうか。なにも心当たりが無いのだけど人違いではないのか。

 それとも怒った方がいいのだろうかなどと考えている内に彼女はきびすを返して立ち去ってしまった。

 取り残された僕はちょっとの間、考えを巡らせて居たのだけど店番の老婆が向ける怪訝そうな視線に気づきすごすごと店を出る。


 買いそびれた菓子の代わりに、屋台で串焼きなど買って帰っているとようやく先ほどの女性について思い当たった。

 僕と同時期に魔法使い教育機関で学んだ同期生だ。

 とはいえ、彼女と話した記憶はほとんどなく、冒険者になってからも顔を合わせることも無かった。

 それに彼女は教育機関時代よりずいぶんと痩せてしまっており、印象も大きく変わっている。

 それでも、最近確認した冒険者組合の名簿で、僕と同期の魔法使いの欄に彼女の名前しかなかったので間違いないだろう。

 彼女はゼタ。

 猛烈な死亡率と離職率にもめげず冒険者を続ける魔法使いだ。

 そうして、ゼタの名前に紐付いた記憶が浮かんでくる。

 ワデット。ワデットも僕たちの同期生だった。

 重石を乗せて記憶の奥底に沈めたはずの思い出が不意に浮かんできて、僕の胸を激しく締め付けた。

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