第4章

第205話 地下十階から

 迷宮の暗さにもすっかり慣れて、心地よささえ感じながら息を吸う。

 地下十階の濃い魔力が肺を満たし、あるべき場所に帰ってきたような気もする。

 他のメンバーは皆、地下十階に初めて降りるので緊張してしまっているのだけど、最後尾を歩きながら彼らに声を掛ける。


「はい、この階でしばらく馴らしたらいよいよイシャールと戦うよ。普通の魔物も強いから油断をしないようにね」


 彼らは言葉もなく頷くと前進を始めた。


「敵です!」


 魔物の群れが現れ行く手を阻む。

 白磁の肌を持つ人型の魔物、アークリーである。もっとも、人型とはいえ姿勢は獣の様に四つん這いだし、関節はあらぬ方向にねじ曲がっている。子供が適当に作った泥人形のような印象の魔物である。

 前衛の戦士たちが得物を構えると、八体のアークリーと乱戦を始めた。

 十分に順応を進めた戦士たちは高価な装備品の恩恵も受け、やや動きの鈍いアークリーの体当たりを的確によけている。

 一方のアークリーも堅くなめらかな肌が戦士たちの攻撃を流してしまうために、決定打を受けない。

 見方によっては戯れているようで喜劇的に見えなくもない。

 後衛の盗賊と僧侶は緊張した面もちで経緯を眺めているのだけど、手を出すことも出来ずに立ち尽くすのみだ。

 そもそも、アークリーは一種のゴーレムであって、中身の影響か魔法が効きづらい。そういった意味で僕に出来ることも少ない。

 だから、僕は腹にひっついて寝ているコルネリを撫でて起こした。

 

「コルネリ、ちょっと手伝ってよ」


 すっかり順応もすすみ、体も大きくなった大コウモリは片目を開けると犬のような顔を器用に歪め、嫌そうな表情を浮かべた。

 相手が食いでのある獲物なら勝手に飛んで行くのに、そうでなければ頼んでもなかなか行ってくれない。

 構わず、コルネリを引きはがすと前方に向かって投げた。

 コルネリは空中を蹴るようにして加速すると戦士たちを向き合っていたアークリーに飛びかかりその首をもいで飛び去った。

 首を取られたアークリーの体は数秒鳴動したものの、そのまま動かなくくなった。

 他のアークリーたちは何事かと飛び去ったコウモリを視線で追い、その背中に戦士たちの打撃を受ける。

 戦士たちは慣れたもので、コルネリ投入による魔物たちの隙を最大限に活用し、あっという間にアークリーは残りニ体まで数を減じた。

 アークリーの一体が、それでも抵抗をしようと口を開け、声にならない声を出すのだけど、その首も戻ってきたコルネリにもぎ取られ、あっさりと動きを止める。

 最後の一体を戦士たちが打ち倒し、最初の戦闘は終了した。



 僕が彼らと迷宮に潜っているのは、もちろん教授騎士としての仕事である。とはいえ、奴隷身分であるので名目上はあくまで助手に過ぎないのだけど、最近はブラントもついてこない。

 シガーフル隊を離れて半年程の時間が経過しているのだけど、その間にぼくは数組の生徒たちに達人の称号を獲得させていた。

 僕自身、その中で達人の称号を獲得していて、それでも上級冒険者にはほど遠い。

 

 盗賊の少女が近くの横穴に手を突っ込み、中身を引っ張り出すとアークリーたちが集めた財宝が出てきた。

 銀の延べ板が数十枚。金貨に換算すれば数十枚にはなるだろうか。その他に小さな宝箱も出てきた。

 

「開けますよ?」


 盗賊が僕の方を見て念を押すので、頷いて返す。

 この少女だって順調に成長しており、ほとんど失敗はしない。

 その確率は無視できるほどに低い。ここが悪意の迷宮でなければ。


「たぶん、毒針の罠だと思うんですけど……あ、魔法使い殺しだ!」


 盗賊の罠解除失敗により、宝箱に隠されていた袋から猛烈な勢いで粉末が吹き出した。

 物騒な名前ほど強力な罠ではない。ただ、魔法使いの魔法を使える者だけに作用し、意識を失わせる毒の罠である。

 全員が魔法を使えるのなら全員が動けなくなり、一巻の終わりなのだけど、このパーティではこの毒が作用するのは一人しかいない。つまり僕だけ。そして物語も続く。

 全身が痺れだし、とっさに膝を着いた直後に意識が途切れた。

 まったく、いつまで経っても格好良くはやれない。


 意識が戻ると、視界一杯にコルネリの腹が見えた。

 突如巨大化したわけではなくて、僕の顔に張り付いているのだ。

 それを引き剥がすと、周囲で教え子たちが僕を見下ろしていた。

 僕の体は迷宮の地面に寝せられていて、体を起こすとどんな言葉を発しようか悩んだ。

 指導者然とした男が間抜けに倒れたのだから、彼らは笑いをこらえているのじゃ無かろうか。別段、構わないので笑ってくれた方が恥ずかしさもましになるのに、なんて思いながら黙っていると、盗賊の少女が頭を下げた。


「先生、ごめんなさい!」


「いや、別にいいよ……ていうか別に君が悪い訳じゃないしね」


 彼らは生徒で僕が指導者なのだ。しかも彼女は僕に対して開けることの許可も求めた。これで彼女に責任を求めていれば指導なんて出来ない。

 

「他の罠で失敗しなくてよかったよ。ま、気にしないで。それから回復魔法もありがとう」


 僧侶の少年にも礼を言うと、彼はいえいえと首を振った。

 今回は魔法使い殺しだったからよかったものの、これが僧侶殺しだったら意識をなくしたままの彼を引きずって帰らなければいけなかったし、爆発するような仕掛けだったら死人が出てもおかしくはなかった。

 そう考えれば僕たちはまだツいている。

 

「ともかく、こんな具合に危険はつきまとって離れないから、気はゆるめないように行こう」


 ぶっ倒れた本人が何を偉そうにと思いながら、ぼんやりとした総括を経て僕たちの前進は再開された。

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