第204話 首投げⅢ
一応、誤解の無いように言っておくと、結婚しても借金が彼女に降りかかることはない様に手続きは出来る。
僕も彼女も冒険者戸籍を持っているので、たとえ結婚しても財産の合算がなされない特例があるのだ。
どうも経緯を辿れば、不安定な冒険者同士の結婚を奨励することで全体として問題行動が減り、また家庭を築くことで冒険者稼業からの足ぬけを防ぐ狙いがあるらしいのだけど、それでも冒険者同士の結婚はそれほど多くないとも組合で聞いた。
「でも、今のあたしは何もしてあげられないから……」
普段とは違う儚げな表情を浮かべ、ルガムは俯く。
その顔も魅力的だと強く思う。
そもそも、僕とルガムはたまたまパーティを組み、流れで婚約をした。
それでも、今となっては間違いなく最愛の人であって、いつの間にか彼女への執着は捨てられない物になっていた。
「あのね、ルガム。何かしてあげるとかして貰うとか、そんなので結婚したい訳じゃないんだ。ただ、ほら。お互いの好意とかそんなものの現れで」
自分でも何を言っているかわからなくなってくるのだけど、ルガムも真剣に聞いてくれている。
「ええと、とにかく僕は君がたまらなく好きで、これからもずっと一緒に居たいんだけどルガムは嫌ですか?」
「嫌じゃないよ。ただ……」
何らかの反語を呻くルガムを手で制して僕は立ち上がり、彼女の横に移動した。
死が彼女の人間性をまるっきり変えていたって構うものか。
「これからも僕は迷宮に潜り続けるし、階層もより深くなると思うんだ。当然、死ぬ確率も増える」
冒険者を達人まで育てるのなら地下十階までの道のりをウロウロしなければならない。
そこまで降りればもはや地下一階や二階とは段違いの驚異がたむろしている。場合によっては全滅したりして死体が回収できないこともあるだろう。
そうなれば蘇生はそもそも不可能なのだ。
「僕の方こそ金はないし、力もない。つまり君に何もしてあげられないかもしれないんだけど、一緒に居させてはくれない?」
とどのつまり、彼女も僕も、互いを補うのに力不足だと思っている。それでも強く求め合えば、僕たちは一緒に居た方がいい。
ルガムはややあって、躊躇いがちに僕に抱きついてきた。
頼もしい彼女が大好きだし、元気になって欲しいとは思うものの、このしおらしさも悪くないな、なんて思いながらしっかり劣情を催してしまう我が身の浅ましさに笑いそうになる。
甘い匂いに脳裏がひっかかれたように痺れ、力一杯抱きしめ返すと、もはや理屈はどうでもよかった。
ただ、互いに求めて受け入れられる。僕たちの関係そのものを濃縮したようなコミュニケーションがあるのみだ。
上手い具合にコルネリは眠ってくれている。
僕らは席を立つと、手を繋いだまま寝室へ向かった。
※
翌朝、朝食の席で子供たちに僕とルガムの結婚を発表すると、子供たちはぼんやりと祝ってくれた。
「今までとあんまり変わらないんでしょ?」
年かさの少女が言うとおり、僕が今すぐこの家に住むわけでもなければ、ルガムが僕の所に来るわけでもない。
でも、いずれはそうなるように調整をするのだけど、まだ先の話だ。
大体、お屋敷に住んでいるギーやメリア、モモックをどうするかも話さなければならないし、ブラントから命じられる仕事も詳細を詰めなければいけない。
「変わるよ。多分、色々と」
僕はなんとなく、そう答えた。
必死に保とうとしたってずっと、いろんな事は変わり続けるのだ。
離れたくなかったけどシガーフル隊を抜けることになり僕がこの都市に来てから歩いてきた道はついに途絶えてしまった。それでも新たな道を探して歩き続けなければいけない。
これからも、何度だって道は途切れるしその都度、次の道を探すのだろう。
ただ、一生途切れない関係として、ルガムが側に居てくれるのは心強い。
いろんな困難もあるだろう人生に、二人で歩き出すのだ。
とりあえず、二人で歩く最初の目的地はラタトル商会で、僕のご主人から結婚承諾書を貰わないといけない。
これで承諾書を貰えなかったらどうしようか。
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