第202話 お説教Ⅱ

 会長室に入ると、ご主人がムスッとした表情で座っていた。

 室内には他に誰もおらず、ガルダは我が物でご主人の向かいに腰を下ろす。

 僕はガルダの横につったっていたのだけど、主人が「座れ」と命じたのでガルダの横に腰を下ろす。

 

「なあ、おまえ達は少しくらい俺の言うことを聞く気はないのか?」


 それがキュード・ファミリーとの揉め事に関する事だとは気づくまでたっぷり一呼吸かかった。

 僕だって好きで揉めたわけじゃない。

 しかも僕から手を出したのは迷宮の中だけで都市内ではされるに任せていた。


「おいオッサン、あんた自分で言った事を忘れたのか?」


 ガルダは楽しそうに犬歯を剥き出して笑う。

 対照的にご主人の眉間の皺は深くなる一方である。


「……エランジェスに関わるなと」


「とぼけんな。アンタはこう言ったんだ。『俺に尻ぬぐいをさせるな』ってな。それから『喧嘩に勝ったの負けたのもゴメンだ』と言った」


 果たしてそうだっただろうか。

 その時に書面で取り交わしていない以上、強気に押し通せばまかり通るのではないだろうか。

 現に気の弱いご主人は驚いて突きつけられた指に縫い付けられている。

 

「一応聞くが、アンタは今回の件で何か俺たちのフォローをしたか?」


「いや、それはしていないが……」


 しどろもどろになって弁解をするご主人に僕は哀れみを持ってしまった。

 いかにも何もしなかったことが悪いような口調で詰問されているのだけれど、そもそも誰もご主人に相談せず事を進めている。

 ご主人からすれば突然、押し寄せた暴徒にお屋敷を囲まれただけなのである。それも夜が明けて暴徒が退散するころには全て終わっていて、僕もガルダもその場にいなかった。

 一体、どこに手の伸ばしようがあったというのか。


「しかも俺たちは一切、手を出していない。アヤつけられて逃げ回っていただけだ」


 ガルダは堂々と言い張るのだけど、これは嘘だ。少なくとも彼はエランジェスの片腕を襲撃し、殺害している。

 だけど、それもご主人は知らないはずで、反論も出来ずに押し黙ってしまった。


「手は出さず、尻ぬぐいもさせない。オッサンの仰せのとおりじゃねえか」


 しばらく悔しそうに黙っていたご主人は、あ、と口を開けて思い出したように机を叩いた。


「そういやガルダ、お前は俺の名前を騙って商店会連合の連中を集めただろう。他のヤツに聞いたぞ。これはどう説明するんだ?」


 自分が有利な話題と見てご主人は居丈高になって鼻息を荒くする。

 確かに、騒動の途中でガルダはブラントと商店会連合の協力を取り付けたと言っていた。

 なるほど、一連の流れがイヤに手際がいいとは思っていたのだけど、ご主人を介していなかったのか。


「それはアンタの言う通りだ」


 突然、真顔を作ったガルダが低いトーンで答える。

 しかし、どうも勢いのついたらしいご主人は止まらない。


「これは立派な背任だぞ。一体、どうやって落とし前を付ける積もりだ?」


「あのときは大勢に追われて、混乱してたんだ。そこをブラントにそそのかされたとはいえ、やっちゃいけないことだったのも、今はわかる。本当にすまない」


 申し訳なさそうにうな垂れるガルダの態度に僕は嫌な予感がした。

 この男がそんなに殊勝なわけがない。それに追い詰められたからといって混乱もしないだろう。

 ということはこの反省は演技であって、なんらかの布石なのだろう。


「あの、ガルダさんもこう言っていることですし、今後はしないという事でいかがでしょうか」

 

 僕は間に立って話を収めることにした。

 このままご主人を野放しにするとガルダに頭から食われかねない。


「いや、しかしこいつのやり方は!」


 僕は前のめりで迫ってくるご主人を手のひらでなだめ、落ち着かせる。


「だって、ほら。落とし前っていいますけど、これ以上はガルダさんを追い出すかお金を払わせるかしかないですよ。もう謝っちゃったんだから」


 そう、腹の内はともかくとして、素直に謝ったのだ。

 これより話しを進めるのであれば関係性の決裂を覚悟しなければならない。

 だけどあっという間に商会の番頭格に納まるような人間を利益第一の商人が切れるのか。

 切れないのであれば中途半端に突くよりも快く許した方がいいだろう。

 何より、ガルダからすれば商売の庇を借りるのはご主人じゃなくてもよいのだ。

 彼はたまたま知り合って、与しやすいからここで働いているに過ぎない。

 ご主人は怒り顔のまま、しばらく黙っていたが、どうにか感情を飲み込んで椅子に座り直した。

 

「次からは、俺を外して絵図を描くなよ!」


 ご主人の精一杯の強がりを受けて、ガルダはうつむいて肩を震わせている。

 泣いて……そんなわけがない。

 だとすればこの震えは笑いである。

 僕の予想通り、顔を上げたガルダは満面の笑みを浮かべていた。


「そうだよなあ、アンタは俺たちの大将なんだもんな。いや、ホントに悪かったよ。これからは先頭を歩いてもらわねえとなあ。」


 ご主人の眉間の皺がさらに増えたのだけど、それも今さらだ。

 そもそも、この男と付き合うことが間違いなのである。

 

「とりあえず、商店会連合も平役じゃ話にならねえし、理事あたりを目指すか。偶然にも花街の持ち主がいなくなっちまったし、利権の分割について話し合いが近々あるはずだ。オッサンにはその席を仕切ってもらう。なに、アンタはエランジェス追放の立役者なんだから貫禄は十分さ。そのついでにエランジェス側に着いてた理事を解任して後釜に着けばいい」


 僕はてっきり、花街の利権をガルダが抑えると思っていたのだけれど、そうではないらしい。

 

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