第200話 朝方

 それから僕たちはいろいろな言葉を交わし、解散する頃には日が昇り掛けていた。

 早朝の空気の中で通りには人が流れだし、都市の空気は騒々しさに満たされていく。

 ふと、皆の言葉が尽き僕たちの周囲だけが取り残された様に静かになる。

 それぞれの視線が申し合わせたようにまぶしい朝日を眺め、けだるい無言の中で別れ話は終わった。

 

「帰るか」


 アクビをしながらシグが立ち上がる。

 各々がそれに倣い、カルコーマも起こして僕たちは歩き出した。

 公園を出る時、振り返るとベンチや木陰、広場が目に入る。

 仲間たちとよく足を運んだ公園だけど、シガーフル隊としてここに集まる事は二度と無いのだ。

 柄にもなく感慨に鼻奥がツンと痛み、可笑しくなって笑った。

 僕が人間じゃなくなってもこの瞬間を忘れずにいられればいい。

 そんなことをぼんやり考えていた。

 

 

 さすがに二人きりには出来ないカルコーマとステアを教会に送り、ルガムも自宅に届けると、僕はビーゴと共にブラント邸に戻った。

 敷地内外の死体はすっかり片づいているものの、所々血痕が残っており、騒動の残り香を感じさせる。

 

「じゃ、僕は寝ますんで」


 ビーゴはそれだけ言うと宿舎に戻っていった。

 疲労の度合いとしては僕もそれに続きたかったのだけど、ブラントに向き合わなければ行けない。

 一眠りして思考が冴え渡ると、怖じ気付いてしまいそうで、それならいっそのこと酩酊感と悲壮感に酔って思考能力が低下したままで向き合った方がいい気がしたのだ。

 もちろん、そんな事があるわけは無いのだけど。


「ブラントさん、おはようございます」


 母屋を訪ね、出てきたブラントに挨拶をする。

 ブラントは早朝にもかかわらず普段着で、僕を見るなりいつも通りの優しい笑みを浮かべた。

 

「やあ、おはよう」


 応接室に通され、椅子に座って向かい合う。

 心に深刻な傷を負ったルガムと違い、前日に死んだ男にはとても見えなかった。

 他の上級冒険者に比べれば都市生活に長けている様に見えるこの男も、やはり異形の怪物に違いないのだ。

 

「あの、昨日の約束なんですけど、僕は一体なにをすればいいでしょうか?」


 ルガムを蘇生できれば何でもすると言った。

 そしてルガムが戻ったのだから何を提示されても飲み込まなくてはいけない。

 

「ふむ、金銭的な問題はそのうちラタトル氏も立ち会いの上で協議をせねばなるまいがね、まずは組合での奴隷専用教室の指導員を請け負って貰おう」


 ブラントは手のひらを僕の目の前につきだし、親指を折り曲げた。

 そういえば要請を受けて、断っていた。


「それから、やはり私の助手も当面は続けて貰うつもりだよ。とりあえず君は今のメンバーと共に達人の認定を受けなさい」


 二本目の指が折り曲げられる。

 

「その後は私から離れて教授騎士の真似事をして貰う。つまり君は新人冒険者を入り口から出口まで育てるのだよ」


 三本目の指が折られる。


「もちろん、君には強くなって貰わねば困る。そうしなければ説得力も何もあったものではないからね」


 四本目。


「そうして、これは大事な話だが死なないように気をつけてくれたまえ。蘇生はできるが、それは最後の手段だし金もかかる。何より、状況次第では蘇生できないことも多い。決して死を軽く見ないことだ」


 五本目の指が曲げられ、手のひらは拳に変じた。

 ルガムの状況を見るまでもなく、言われるまでもない。

 全体的に、ブラントは僕に指導者への成長を期待しているらしく、すべて並べると時間が足りるのだろうかとは思うものの、受け入れざるを得ない。


「そんなところが大枠だが、もう一点」


 ブラントは一度曲げた人差し指をピンと伸ばす。


「君が逃がした教え子たちを呼び戻してくれないかね。一眠りしてからでいいのでね」


 言われるまですっかり忘れていた。

 冗談めかしたブラントの言葉に力が抜け、僕は母屋を辞すると宿舎に戻りベッドに寝っ転がった。

 

「キイ!」


 すっかり存在を忘れていたのだけど背中に張り付かせていたコルネリが抗議の声を上げる。

 

「ああ、ごめん」


 布団の中にもぐり込み、暖かい毛並みを撫でているとすぐに眠気がやってきて僕を引きずり込んだ。


 夢はアンドリューに関するものだった。

 人の身に生まれた怪物が歩んできた道、唯一の相棒の存在。

 長い夢を見て目が覚めると、僕は泣いていた。

 そして知覚する。

 新たな魔法が使える。

 育成機関で教えられる魔法など、話にならない数の魔法が身についていた。

 

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