第199話 離脱

「ちょっと、待ってください!」


 事態を看過出来ないのだろう、ステアが立ち上がって声を挙げた。

 

「なんでそんな事を言うんですか。今まで通り皆で頑張れば……ルガムさんだって少し休めば!」


 彼女の視線はシグとルガム、そして僕の顔を順番に舐めていく。

 

「僕はブラントさんと約束をしたんだ。何でもするって。多分、使い潰されるまで働かされると思う。だから、シガーフル隊の冒険に参加する事は出来ないよ」


 僕だって抜けたくはない。だからといって半端に籍を残すとシグたちの足を引っ張ることになってしまう。

 冒険の都度穴埋めメンバーを捜すよりはシガーフル隊としても新たな魔法使いを正規メンバーとして迎え入れて固定してしまった方がパーティとしてずっと効率的なのだ。

 まして、有能なビーゴがこの場にいて後任に立候補してくれているのだから、互いの事を想うのなら今後の事をはっきりとさせるべきだ。

 ルガムについても、しばらく活動出来ないのだから、いっそのこと切り離して替わりを入れないと、いつまでも仮メンバーでは連携も上手くいかない。

 そもそも、僕たちは最初の冒険で辞めたいと言ったメンバーを見送ってルガムたちを引き入れたのだ。

 今回もやることに違いは無い。

 腹の中に漠然と浮き上がる不安を抑えつけながら、僕は頭を掻く。

 

「あの」


 僕らの深刻さとは無縁の上機嫌さで小雨が不意に声を挙げた。


「食事が不味くなりますので、余所でやっていただけますか?」


 表情はにっこりと笑っているものの、言外に早く失せろと言いたそうだった。

 何か言い返そうかと思ったのだけど、他者の楽しい食事を邪魔する権利を持っていないので諦める。

 シグも同じ考えのようで、ため息を吐くと疲れた声を出した。

 

「……場所を変えようか」


 そうして手に持っていた杯の酒を飲み干す。

 僕もあわてて、机の上の料理をパンに載せて飲み下した。

 カルコーマがこちらを睨んでいるのだけど、空腹は埋めねばならない。

 他のメンバーもゆっくりと席を立つ。

 食事代を店員に渡し、店を出ようとする僕の耳に衝撃的な一言が飛び込んできた。


「夜道は物騒です。カルコーマ、あなたもついて行ってあげなさい」


「はい、姐さん」


 振り向くと、立ち上がったカルコーマがムッスリとした表情で後に続いていた。

 小雨とカルコーマが一体、どのような力関係かは知らない。

 だけど、ノラと二人きりになりたいのだとしても本来自分の任務を他人に押しつけるというのはどういう了見なのだろうか。

 痛い目にあいたくないので口には出せないのだけど、文句だけはいくらでも沸いてきた。

 



 シグの家にほど近い公園は住宅地の中に設けられている事もあり、近所の冒険者が鍛錬する場所になっていた。

 真夜中ではあるものの、そもそも暗闇を這いずる冒険者達には関係無く、そこかしこで素振りや型をやっている。

 その中を通り抜け、僕たちは複数のベンチが並べて設えられた一角にたどり着いた。

 各々がベンチに腰を下ろす中、カルコーマは腕を組んで近くに仁王立ちしている。

 その表情はつまらなそうで、こんなところにいなければならない不満をわかりやすく放っていた。

 こんな怪人が側にいると集中出来ない。

 僕は勇気を出して彼に声を掛ける。


「あの、カルコーマさん」


「なんだ?」


「僕たち、これでも冒険者ですから護衛は結構ですよ」


 逆上されて殴りかかられたらどうしよう、なんて思いつつ言葉を選んだのだけど、カルコーマは表情を崩す事無く首を振った。


「姐さんが言った事を無視して、あとで怒られたらお前、責任は取れるのか?」


 据えた視線が僕に突き刺さる。

 迷宮の深層で見た魔物の様な目は、物理的な圧力を伴いながら僕を射竦める。

 というよりも、この怪人があの小柄な少女を恐れているのだろうか。

 確かに恐ろしい暗殺者であるものの、カルコーマだってノラの眼鏡に適う人物の筈である。


「あの、怒られることはないと思いますけど……」


 僕らに抱きあわせてカルコーマをあの場から立ち退かせた事で小雨は目的を達している。その後、確認まではしないだろう。

 しかし、カルコーマは話しにならないと言った表情で空いているベンチにどっかり腰を下ろし、そのまま寝ころんだ。


「俺が見てるのが嫌なら、ここで寝ている。終わったら起こせ。シスターステアと一緒に帰る」


 それだけ言うと、すぐにイビキを掻きだした。

 太いイビキは僕たちの間の緊張感を殺いでしまうのだけど、立って見つめられているよりはずっといい。

 僕たちは諦めて会話を再会した。


「だって、お二人が抜けたら私は寂しいです。それにギーさんもなんというか」


 ステアが悲しそうな表情を浮かべる。

 なんだかんだといいながらステアとルガムは仲がいい。それに、自分でいうのも恥ずかしいのだけど、僕への好意もある。

 

「ギーには残るように言うよ」


 別に、僕が新しいパーティを立ち上げる訳ではないのだ。

 修行者のギーを連れていけるものでもない。

 それでも不満そうなステアを制してシグが口を開く。


「途中、考えながら歩いてきたんだが、やはりどうしようもないな」


 決心と諦観が織り混じったような表情でシグはビーゴの方を向いた。


「ビーゴが入ってくれるんなら、それでいい。パーティを抜けたって会えなくなるわけじゃないし、ステアも受け入れろ。これはリーダーとしての判断だ」


 この瞬間、僕とルガムはシガーフル隊からの脱退が決定し、同時に彼らと一緒に死ぬ事は叶わなくなった。

 ただ、消え入る様な声でシグが言った「と……友達をやめる訳でもないし」という言葉で僕の一方的な友情ではなかったと知り、少しだけ泣きそうになってしまった。

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