第190話 師匠
何度見てもルガムは死んでいて、いくら待っても動きはしない。
ルガムが死んだ。その実感はさっぱり沸かないのだけど名状しがたいドロドロとした感情が腹の中を塗りつぶしていく。
泣くべきなのか怒るべきなのかさえ判断が付かない。
「指導員、まだですよ」
シグもマーロも、モモックでさえ僕にどう声を掛けるべきか迷う中、僕の肩を揺すったのはやはりビーゴだった。
「ほら、まだ敵がいるんですから落ち込むとかは後にしてください」
言われてどうにかそちらを見れば、アンドリューがこちらを見ていた。
その表情は不機嫌そうに歪んでしまっている。
「ねえ、そういうつまらないのはやめてよ」
それから続く言葉も、それがどういう意味なのかもよくわからないまま、僕の頭はアンドリューを殺す方法だけを探していた。
モモックが僕の体によじ登ってくる。
「なあ、アイヤン。落ち着きんしゃい。アレを殺すとやったらどげんしてんその前の岩をどけんにゃならんめえ。前にはオイが出ようか?」
その囁きに僕は首を振り、モモックを降ろした。
「僕が前に出るからさ。モモックは後ろから狙って、隙があったら撃ってよ」
言って前に出るとシグが驚いた顔をした。
僕は冒険者になって以来、許されるだけ安全な場所に身をおこうとして来たのだから無理もない。
「ヤケクソになられても困るぞ!」
心配するシグに微笑んで返す。
この期に及んでも死ぬ気は全くなかった。
あれだけ秘術を並べていながらアンドリューはいまだ膨大な魔力を所持しており、その気になれば先ほどと同じだけ召喚魔法を唱えることもできるだろう。
だけど、やらせない。
『雷光矢!』
僕の魔法が飛んでいき、ゴーレムの胸に小さな穴を穿った。
「わあ、すごい! 今の魔法、見たことないけどオリジナルかな? いや、それよりも今、空間内の魔力を使わなかった?」
不機嫌だったアンドリューが一転して興奮し始めた。
返答をする気はないが、ウル師匠の魔法を一号の指導で練習していたのだ。
そして、周囲の魔力を利用する戦い方も。
しかし、いずれも実戦に用いるレベルにはまるで足りない。
ゴーレムに着けた傷だってひっかき傷程度のものだ。
でも、アンドリューは興味を持たずにはおれない。
自らを強くする手段かもしれないからだ。
この男にとって僕たちは脅威ではない。
如何様にも殺すことができる。だからこそ僕たちにも反撃の機会が訪れるのだ。
「ねえ答えてよ!」
懇願するようなアンドリューの声を無視して僕は走り出した。
急に近づいてきた僕を追い払うべく、一体のゴーレムが腕を振り上げた。
喰らえば死に、身をかわす技量も防ぐ防具もない。
その腕が振り下ろされるよりも早く僕は魔法を唱えていた。
見よう見まねの付け焼き刃ではない、きちんと教育機関でならい覚え、順応を進めた結果、最近一度だけ使えるようになった魔法だ。
『砕魂!』
ウル師匠がやって見せてくれたように、ゴーレムたちが音を立てて崩れる。
前衛を取り払われ、それでもアンドリューは落ち着き払っている。
ここからでもいくつかの魔法で逆転するのだから、僕も気を抜けない。
僕に続くシグとマーロの間を通すようにモモックの一撃が発射されたものの、アンドリューは魔力を固めてそれを弾いた。
こちらには一歩の余裕が生まれ、アンドリューの顔に初めて焦りの表情が浮かぶ。
低難度の攻撃魔法しか使えない僕を後回しにして、アンドリューはシグ達の足止めをする魔物を召還しようと詠唱を始めた。
その間にアンドリューの元へたどり着いた僕は、そのまま彼の胴にとりつく。
同じ魔法使いでも強さが違いすぎ、渾身の体当たりでもアンドリューを倒すことはかなわなかった。
でも、僕のねらいはそもそも貧弱な物理攻撃ではない。
一号は空間内の魔力を変換して強力な炎を吐いて見せた。
その時は深い階層だったのだけど、浅層では空間内の魔力が薄すぎて同じことをしても威力が期待できない。
だけど大きな魔力がないわけではない。
具体的にはアンドリューの中に。
『燃えて死ね!』
魔力を操り、高熱に変換する。
召喚魔法を唱えかけていたアンドリューは、一瞬、僕を見下ろして信じられないという表情を浮かべた。
次の瞬間にはその眼球を押し出して炎が吹き出す。
ウル師匠からもらったローブを着ていなければ巻き込まれた僕も危なかった。
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