第181話 駆け込み
路地裏から通りに飛び出すにあたって、僕たちは布切れで顔を隠した。
今後の事を考えれば一般市民に危害を加えるかもしれない今回の騒動では身元を隠したかったのだ。
しかし、問題になるのがモモックである。
彼の場合、顔を隠したからどうにかなるという問題でもない。
そこで、モモックはシグの小脇に抱えて貰うことにした。
これで走り抜ければ、通りすがりの人には白い犬かなにかに見える事を期待だ。
「よし、行くぞ!」
シグの合図で僕たちは走り出す。
あからさまに怪しい僕たちに通行人の視線が突き刺さり、近づいた人からは悲鳴が上がったのだけど、それも無視して走り抜けた。
一刻も早くルガムの元に駆けつけたかった。
「あっちだ!」
シグの背について全速力で走るのだけど、重たいモモックを抱えているのにその足は速く、ぐんぐんと引き離されていく。
意外だったのはビーゴで、それほど肉体派でもないのにもかかわらず妙な目つきでシグを見つめながらその後ろにぴったりとくっついて離れなかった。
それでも置いて行かれるわけには行かない。僕は必死で足を動かしシグの背中を見失わないようにした。
と、進行方向の先に群衆の人だかりがある。
「何してる、その女を捕まえれば金貨五十枚だぞ!」
キュードファミリーのゴロツキと思われる男が最後尾で怒鳴っていた。
その男に勢いそのまま、シグは体当たりをぶちかます。
男は見事に飛ぶと、そのまま地面に転がり泡を吹いた。
『眠れ!』
続いて到着したビーゴが魔法を唱えると周囲の半数ほどが立ったまま気を失った。
シグが人垣を強引に押しのけると、その向こうに見えてきたのは壁を背にしたルガムとマーロだった。
足下には素手で殴り倒したらしい暴徒が数名倒れている。
「逃げるよ!」
ようやく追いついた僕はルガムに向けて叫んだ。
一瞬、ルガムの動きが止まり、その表情が明るくなる。
ルガムは行く手に立ちふさがる暴徒を殴り倒し、宣言した。
「退け、散らない奴は頭を潰すぞ!」
呼応するようにマーロもシグも邪魔する者を殴り、蹴り飛ばして周囲を牽制する。
所詮は金に群がる一般人でしかない人垣は見事に割れ、中から皆が出てきた。
「心配したよ!」
僕の言葉をルガムは抱擁で返した。
「こっちのセリフだよ、さらわれたって聞いたから……て、臭いよ」
僕を抱きしめるルガムの表情がたちまち曇る。恋人との劇的な再会に水ならぬ油を差して台無しにしたマルカに対して、僕は憎悪の念を新たにした。
しかしなるほど、ビーゴはシグを、マーロはルガムをそれぞれ頼ったのだろう。そして二人はそれに応えてくれた。
嬉しくなり、ルガムの背中に手を回すのだけど、視界の隅ではビーゴの魔法から覚醒する者が出始めていた。
とにかく逃げなければ。
もう少し抱き合っていたかったのだけど、ルガムをそっと押し放す。
「何をしている、逃がすな!」
群衆に混ざっていたのか、一見してそれとわかる筋者の男が呻く様に言った。
ブラント邸に押し掛けた一団とは異なり、群衆の中にはゴロツキや用心棒風の男たちも数名混ざっている。僕は素早く視線を走らせ、その中に件の魔法使いが混ざっていないことを確認し胸をなで下ろした。
「ほら、逃げるぞ!」
シグは剣を抜くと近づこうとする連中を牽制しながら怒鳴りつけた。
そのまま僕たちの脇を駆け抜けていき、そのすぐ後ろをビーゴが着いていく。
「ルガムさん、行きましょう!」
マーロも慌てた様にいいながら走って行った。
場に残されたのは僕たちだけである。
「逃がすな!」
ゴロツキが怒鳴り、動きの鈍い暴徒を押しのけて用心棒連中が前に出てきた。
『眠れ!』
僕の魔法が彼らの半分ほどを眠らせ、出足が鈍った。
その結果を見届けるより早くルガムは僕の手を取って走り出していた。
※
都市の下層で生きる僕たちが逃げ込める場所は少ない。
そして逃げ込んだ先に迷惑を掛けないことを条件とするのなら、絶望的である。
だけど、僕たちは冒険者であるので、立ち入って文句を言われない施設にも心当たりがあった。
当然、迷宮である。
立ち止まって会話をする余裕もなかったのだけど、申し合わせたように迷宮に向かった僕たちは、そのまま組合詰め所の併設倉庫に飛び込んだ。
倉庫の管理人は僕たちの剣幕に目を丸くしていたのだけど、説明する時間はない。
戦士組の三人は自分の防具を手に取り、僕とビーゴは彼らの盾などを持ち、すぐに迷宮に入った。
冒険を繰り返して体力を付けた僕たちと、都市で生活をする人々では走る速さが違う。入り口をくぐるとき、チラリと振り返れば暴徒の群れはまだ随分と後ろの方にいて速度も弱まっていた。
シグたちは最初の分岐点まで進むと足を止め、息を整えながら身支度を調えた。
あの連中は迷宮の中まで僕たちを追ってくるのだろうか。
ルガムの横で周囲を警戒していると、入り口の方から喧噪と大勢の足音が聞こえてきた。
肌が粟立っていく。ここは迷宮であり、彼らは冒険者ではない。
そうであれば例え貴族であっても殺していいはずだ。知らぬ間に笑みを浮かべていた。
僕は慌てて手で顔を覆う。
おかしい。
まるで僕は人を殺したい様ではないか。おそらくは貧しいその日暮らしの彼らを。ブラントが殺した時には憤っていながら、自分は棚に上げるのか。
いや、さきほど迷宮に入った瞬間、僕は安堵しなかっただろうか。
薄々は感づいていた。
迷宮は僕にとって恐怖や苦痛だけの象徴ではなくなりつつある。
僕の順応はどれくらい進んでいるのか。
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