第182話 階段

 さて、危険な迷宮に入るのにいくらの報奨金を貰えば割に合うのだろうか。

 ゴロツキは金貨五十枚を出すと言っていた。大金である。

 それだけあればしばらく働かなくても生活できるし、目端の利いた者なら投資をして利潤を得るだろう。

 花街で出会ったあの可憐な女の子を十回ほど抱ける金額であるともいえる。

 しかし、天秤の対に乗せるのは一つしかない自らの命である事を考えればどうなのだろうか。

 そんなことを考えていると、数体の亜人が道を塞いだ。

 それらを蹴散らして、奥へと進む。

 しばらく歩いていると、後ろから追ってくる者たちの悲鳴が響いた。

 大勢で迷宮に立ち入ればその気配が魔物たちを呼び寄せる。

 まして、防具の一つも身につけず、大半は素人である。

 何人か腕の立ちそうな用心棒も混ざってはいたものの、犠牲を出さずにはいられないだろう。

 そういう状況に耐えて彼らはどこまで着いてくるものか。

 追いついたとして、地下一階の魔物よりも数段強力なシガーフル隊が遠慮なく迎え撃つのだと言うことを理解しているのだろうか。

 やがて地下二階へと降りる階段に近づき、そこで食事をしていたストーンクラブと戦闘になった。

 かつてはその防御力にダメージを与えられず、苦戦したものだけど僕たちも順応が進んでいる。

 ルガムの棍棒は堅い甲羅を歯牙にかけず打ち砕き、シグやマーロの剣も敵を一撃で切り裂いた。

 

「とりあえずここで時間を潰すぞ」


 シグが剣を納めながら言った。

 迷宮に逃げ込んだ僕たちにとって、都市のもめ事が解決するまでは戻らない方が都合がいい。そうであれば深い階層よりもむしろ地下一階の方が長期間滞在できるとの考えだろう。

 僕もおおむね同意見だった。

 その瞬間、背筋に強烈な寒気が走るまでは。

 迷宮の入り口に何かがいる。

 いや、何かなどとぼやかしてもしようがない。間違いなく件の魔法使いの気配だった。

 僕に植え付けられた魔力感知の器官がその男を捉えると同時に、どういう仕組みか、向こうでもこちらに気づいていることがわかった。

 禍々しい気配が邪悪に笑っている様な気さえする。

 

「いや、下へ逃げよう。急いで」


 焦燥感が僕の腹をひっかき、心拍数があがる。

 僕の慌てようにシグはたじろいだ。

 一瞬、黙って僕の顔を見ていたのだけど、やがてため息を吐き頷いた。


「なんだか知らないが、理由を言えよ。さし当たって、階段を下りながら話せ」


 そう言うと先頭に立って階段を下り始めた。

 


 僕が一号に植え付けられた魔力感知器官の存在は誰にも話していない。

 ブラントやウル師匠はもちろんのこと、シガーフル隊の皆にさえだ。

 魔物に体をイジられたと知って、彼らが僕を否定するとは思わないのだけど、それでもできることなら話したくはなかった。

 せめて説明をするのなら一号のことは抜きでやりたい。

 僕は最後尾で階段を降りながら言葉を選ぶ。


「キュードファミリーの用心棒にすごく強い魔法使いがいるんだ。多分、達人級とかそう言うレベルじゃなくてもっとずっと強い」


 僕が今まで出会った魔法使いの中ではウル師匠に次ぐ強さを持っていて、そして決定的に壊れている。

 

「そいつがさっき、迷宮に入ってきた。僕たちを追ってる」


 集中すればその気配は躊躇いのない足取りでこちらに向いている。

 

「ちょっと待てよ、何でそれがわかる?」


 シグが立ち止まって疑問の声を上げた。

 

「ほら、足を止めるなよ」


 ルガムがそれを追い抜きながら言った。

 シグは促されるままに前進を再開する。

 

「どうなんだろう。向こうも僕の事をわかっているみたいだけど、才能か順応の結果か、とにかくそんなところじゃないかな」


 そうでなければ僕の場合はともかくとしてあの魔法使いが僕の気配を掴んでいることの説明が付かない。

 

「あの、自分には全然わからないんですけど……」


 ビーゴが首を傾げながら言った。

 

「そんなことはどうでもいいんだけど、戦ったら勝てそうなのか?」


 先頭を歩くルガムがこちらを振り向いた。

 

「いや、ううん……少なくとも魔法使いとしては僕より圧倒的に格上だね」


 どの程度の連中とパーティを組んでいるかで話は大きく変わる。

 腕の立つ前衛に守られていればそれを排除する前に強力な攻撃魔法で僕たちは焼かれてしまうだろう。

 後ろから奇襲をかけて魔法使いを先に排除できればいいのだけど、お互いに気配を感じている以上それは無理ではないか。

 

「あん気色悪か色男じゃろもん、オイが打ちくらしちゃるたい!」


 その体からすれば大きすぎるステップを器用に降りながらモモックが言った。

 確かに、彼なら後衛から向こうの後衛を狙えるし威力も十分だ。


「いざとなったら頼むよ」


 モモックは胸を張って「任しちょかんね」と言った。


「なんだよ、モモックも戦えるのかよ」


 ルガムが興味深そうに聞いた。

 シグやビーゴと違い、彼女は喋るネズミに対しても動揺なく受け入れた。ギーと打ち解けたのも彼女が最初だったので、もしかするとこういう状況に対して適性が高いのかもしれない。

 

「なあん、オイの力ば見たいとやったら次の戦いで見せちゃあけん」


「ちょっと待ってよモモック、君の攻撃は連発できないんだろ。しかも動けなくなっちゃうんだから大事な場面までとっといてよ」


 僕は慌てて止めた。しかし、モモックは心外そうな表情を浮かべる。


「アイヤンに見せたような遠当てはそげん何度もできんばって、近かとやったら気張らんでいいけね。やりようはあるとばい。まあ見ちょってよ」


 やがて地下二階に降りてすぐ、数匹の首切りウサギに遭遇した。

 前衛の戦士達が武器を構える後ろでモモックはポケットから丸めた小石をジャラっと取り出すと口に入れ、鞠の様に膨らんで見せる。以前はここからさらに大きくなったのだけど、そのままの大きさで敵を睨むと口をつきだした。

 パン、と乾いた音が響き、数匹のウサギが吹き飛ぶ。

 見るとウサギ達はボロ屑の様にズタズタになっており、残った魔物たちも、そして他のメンバーも全員が押し黙ってモモックを見つめていた。

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