第180話 初対面

「シグ!」


 急いで路地まで降りた僕の呼び声に気づいて、シグ達は急いで駆け寄ってきた。

 あまり人目にも着きたくないので、彼ら二人を路地裏に引っ張り込むと、そこに控えるモモックを見て目を丸くしていた。

 

「あ、大丈夫だから剣を降ろして!」


 慌ててシグとモモックの間に割って入るのだけど、モモックはふてぶてしく腕を組んでいた。


「なんねアイヤン、こん無礼モンどめは。アンタの知り合いね?」


 しゃべるネズミは珍しい。というよりもグリレシアの存在自体を僕だってモモックに出会うまで知らなかったのだから彼らの反応も理解できる。

 

「そうなんだ。冒険者としてパーティを組んでいる仲間だよ。そしてシグ、それからビーゴも、彼はモモック。ええと、僕のご主人が連れてきた同居人だよ」


「え、こいつと暮らしているのか?」


 シグの心配そうな視線が突き刺さる。

 この都市でリザードマンと寝起きを共にするだけでも異端中の異端であるのに、それに加えてネズミの獣人である。

 シグは知らないだろうけれど他にコウモリのコルネリもいることは黙っていよう。


「とにかく、君たちは全員僕の仲間だから。そのつもりで……」


「全員仲間! つまり僕、いや俺もシガーフル隊みたいなものですね!」


 ビーゴが喜色満面に叫ぶ。僕たちはこの路地裏に隠れているのだから落ち着いて欲しい。

 そんなビーゴをシグは複雑そうな目で見ていた。


「こいつ、ええとビーゴか。突然俺の家にやってきてお前がさらわれたから助けてくれって騒ぎ出して。だから慌ててきたんだけど、大丈夫だったのか?」


 熱心なシグの心棒者であるビーゴは当然のごとくシグの自宅くらい知っていたのだろう。そうしてシグに助けを求めてくれたのだ。

 僕は内心、すぐにやってきてくれたシグに嬉しくなった。彼はなんだかんだ僕を助けることを選択したのだ。彼が窮地に陥ったら僕も全力で助けて報いたいと強く思う。

 

「監禁はされたんだけど、モモックに助けて貰ったんだ」


 モモックが胸を張って誇らしげにふんぞり返る。

 シグの視線が疑わしげにモモックに向けられていた。


「そうか。ていうかお前ひどい臭いだぞ。一体どうしたんだ?」


 シグが聞くので僕は事の顛末を説明した。最後にノラが敵を求めて歩き回っている事も付け加える。


「俺たちも騒ぎの方にやってきてお前に会えたからノラのおかげかな。いや、そもそもの元凶がエランジェスに喧嘩を売ったノラとガルダか」


 ため息を吐き、呪詛を呟くシグはガルダの事が嫌いなのだろう。

 だけど、今回のことに巻き込まれた原因はブラントのせいでもあるし、元をただせばニエレクのせいだともいえる。今更原因を究明したってなんにもならない。

 僕たちはとにかく先を見据えなければならないのだ。

 

「あ、そういやルガムも来てるぞ。あいつも目の色を変えてお前を探してまわっていた」


「マーロはルガムさんの家に向かったので多分そのせいだと思います」


 シグの言葉をビーゴが継いだ。

 ルガム。彼女の愛情は素直に嬉しいのだけど、直情径行の彼女のことだ。

 ゴロツキどもと揉めていたら大変だ。

 僕が口を開こうとするとシグがすっくと立ち上がった。


「とりあえず俺がルガムを探して連れて来るからお前達はここで待ってろ」


 そう言うとシグは路地から通りへと出て行った。

 彼が去ってしまうと、残されたビーゴはあからさまにがっかりしていた。

 

「今んやつ、腕は立つとかね。いまいち凄みも無かようにあるとばってん」


 モモックの言葉にカチンと来たのか、ビーゴの表情がサッと変わった。

 表情の遷移に忙しい男である。

 ビーゴは目をつり上げてシグのすばらしさをモモックに力説しだした。

 その内容は横で聞いている僕が恥ずかしくなるほど誇張されたものだった。



 シグはしばらくして戻ってきた。ビーゴとモモックは今にも互いに掴みかかろうとしていたのでその前に間に合ってよかった。

 しかし、シグの口からこぼれた言葉は新たなトラブルを知らせる物だった。


「ルガムが大勢に追われている。どうもお前を探してキュードファミリーの連中を何人か殴り倒したらしい。助けに行くが、お前らも着いてくるか?」


 迷いのないその口調は今し方ビーゴが熱く語った英雄像に遜色のない物だった。

 しかし、嫌な予想ばかりいつも的中する。

 うんざりしながら、僕も迷いはしない。

 

「あたり前だけど僕は行くよ。ルガムは僕の恋人だもの。モモックとビーゴは隠れていてよ。喧嘩はしないでね」


 僕の言葉に、しかしビーゴも立ち上がって胸を張る。


「ぼ、俺も行きますよ。ルガムさんはシガーフル隊の一員なんですから!」


 彼はよほどシガーフル隊に執着があるのだろう。成り行きでシグと組んだに過ぎない僕は苦笑してしまう。 


「オイも行くこた。アイヤンの女が危なかとやろもん。舎弟の女は兄貴分のオイからしても妹同然やけんね。川筋ネズミには女を見捨てるっちゅう選択肢はなかとよ」


 モモックも短い腕で胸を叩く。いつの間にか僕は彼の舎弟分になったらしい。

 ともかくその気持ちは嬉しいのだけど、果たして彼らが戦力になるか足手まといになるものか。

 彼らの、特にモモックの扱いは判断が難しかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る