第168話 ファン

 翌日、ブラントたちの迷宮行には早速仕立ててもらったローブを着込んで行った。

 裾や袖なんかの丈はきちんと整えられているのだけど、切断ではなく織り込んで縫いつけてあるので若干重たい。

 

「君に合わせて裁断してしまうと、大半の者が着れなくなるだろう。次に宝箱でそれを見つけた者をがっかりさせてはいけないよ」


 などとブラントが嫌な冗談を言うので、僕の心境は出発前から最悪だった。

 

 説明によればブラントが組むカリキュラムは実践と講義を一日おきに行うものらしく、今日は二回目の冒険だ。

 迷宮に入った瞬間、新人の四人が浮き足立つように顔を見合わせた。


「一昨日よりよく見えるぞ!」


 男魔法使いが自分の手や壁などを見ながら興奮している。

 それはそうだろう。

 先日の戦闘回数をこなすのにシガーフル隊は五回以上の迷宮入りを繰り返したのではあるまいか。

 その分の順応が一気に進んだのだから、前回と見える景色はまるで違うはずだ。


「さて、諸君。迷宮への順応というのがどういうものか理解できたようで何よりだ。それに伴って君たちも戦闘能力も格段に向上しているはずだから、今日は地下二階まで進むよ。一層の警戒心と集中力を保ちたまえよ」


 ブラントの言葉に、生徒たちはそれぞれ真剣な面もちになり、頷く。

 だけど、僕はどうしても素直に聞き流せなかった。


「ブラントさん、いくらなんでも地下二階に降りるのは早急すぎませんか?」


 新人たちの視線が一斉に僕に刺さる。

 僕はひるみ、黙ってしまいそうになるのだけど、それでも言わずにはおれない。

 僕たちは迷宮に二ヶ月も通い詰めてから地下二階に降りたにも関わらず仲間を失い、危うく全滅するところだったのだ。

 

「大丈夫さ、私がいるからね」


 ブラントが力強くいう。

 彼の中では計算が立っているのだろう。

 ただし、その計算に僕が大きく組み込まれているのだとすればやはり不満だし過大評価である。

 僕が適切な抗議の言葉を探している間にブラントはさっさと奥に進んでしまったので、振り上げた拳は仕方なくそっと下ろすことになった。


 ※


 地下二階の階段を前にして遭遇した大ムカデの群れは、前衛の戦士たちが無傷で殲滅した。

 新人戦士二人の動きが前回より格段にいい。

 昨日の講義では、迷宮の初体験を踏まえ次回はどう動くべきなのかをブラントから徹底的にたたき込まれていたので迷いが減ったのだろう。

 それに、僕の助言を聞いてくれたのか過剰な防具も外し、身軽さも保っている。

 後衛の二人も上手に前衛をフォローできるように動けているし、ここぞというところではきちんと魔法を使えている。

 とても迷宮に入るのが二回目の新人とは思えない程、彼らは頼もしくなっていた。

 これが教授騎士ブラントの本領なのだろう。

 僕が北方戦士たちの指導に四苦八苦していたことを鑑みればその能力の高さがうかがえる。

 とはいえ、やはり疲労が隠せない前衛二人のための戦闘後の休憩は取らなければならない。

 各人、元々の知り合いでもないようで、特に誰と誰の仲がいいというわけでもないらしい。一様に無言で座り込むのがこのパーティの休憩風景になっていた。

 僕も手持ちぶさたにぼうっとしていると、男魔法使いが話しかけてきた。

 たしか名前はビーギリオスという青年で僕より少し年輩らしい容貌の男だった。


「あの、どうやってシガーフル隊に入ったんですか?」


 一瞬、なにを聞かれたのかよくわからなかった。

 僕は組合の適当な采配でシグやステアとパーティを組んだのだし、シガーフル隊と名乗るのは正式な都市戸籍を持つ自由市民がシグだけだったからだ。

 でも、すぐに彼がなにを聞きたいのかがわかった。


「もしかしてシガーフル隊に入りたいの?」


 ビーギリオスは顔を真っ赤にして右手で自分の耳や鼻を忙しなく撫でた。


「興味は……あります。でもあの、普通の人の半端な気持ちとは違って真剣というか」


 問いつめた訳でもないのにビーギリオスは弁解を始めた。


「以前、あの……遠くから見てすごく、ええと憧れって言うんでしょうか」


 それを僕に聞いてもわかる訳がないじゃないか。

 

「リザードマンや奴隷を従えて、事を為す姿はまさしく英雄って言うか……」


 従えられる奴隷として、その物言いに怒った方がいいのだろうかとも思ったのだけど、どうも悪気はないらしいので聞き流すことにした。

 しかし、彼はその後も話し続け、シグの魅力を羅列するに至って僕は段々と気持ち悪くなってしまった。

 たしかに彼は僕の大事な友人であるし、いい男であるのは間違いないのだけど、それでもいくつかの欠点を抱えた普通の人間である。

 熱っぽく語るビーギリオスの顔を見ながら、このように美点しか見ない人間が語れば無欠の英雄物語ができあがるのだな、と思うに至った頃ようやく彼は気が済んだらしくシグを褒めるのをやめた。


「ええと、まあ本人に伝えたら?」


 ビーギリオスの表情がぱっと明るくなった。


「しょ、紹介して貰えるんですか?」


 紹介って……。

 僕は何となく彼を苦手だと感じてしまい、話を切り上げたかった。

 

「あの、ビーギリオス君」


「ビーゴで大丈夫です!」


「あのね、ビーギリオス君。悪いんだけど今はシガーフル隊も休養中でさ、だから僕もここにいるんだけどね。それで、実はここだけの話なんだけど僕とシグはちょっと喧嘩していて会えないんだよ、ごめんね」


 僕は出来るだけ申し訳なさそうに彼に伝えた。


「ぼ、じ、俺が間に立ちますよ。仲直りさせますから、僕を、いや俺をシグさんに紹介してください!」


 何とも矛盾に満ちたお願いもあるものだと思いながら、僕はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 助け船を期待してブラントに視線をやると、わざとらしく視線を逸らす。

 その表情は笑いを堪えているので、助ける気がないことだけはよくわかった。

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