第167話 プレゼント
治療が済んだブラントは咳払いを一つ。
応接室には背の低い机が置いてあり、その周辺に四人掛け程の椅子が二台並べてあった。
ブラントはその一つに腰掛け、僕に反対側の椅子に座るように指示をした。
「さて、他の生徒たちは兵士になるための勉強。それなら君はなんの勉強だと思うかね?」
問われて、僕の頭にいくつかの回答案が浮かび、その中から適当な案を一つ提示した。
「経済活動に関する話でしょうか?」
彼は贔屓目に見て大金持ちである。
しかも、凄腕冒険者でありながら迷宮で拾う金銭以外の部分で稼ぎを持っている。
不安定な身分の流れ者冒険者がもっとも参考にしなければならないのは『鋼鉄』ナフロイではなく彼なのではないだろうか。そんな気さえしている。
しかし、ブラントは笑いながら首を振った。
「残念ながら、冒険者組合は君が自分の債権を整理し、自由の身となって都市を出て行くのを警戒しているのだよ。だから、申し訳ないけれど君に金を稼ぐノウハウは教えられない。今はまだね」
それもそうだろうとは思っていたので、僕はそこまで落胆せずに済んだ。
「しかし、君が迷宮で、あるいはそのコウモリに襲われてか死ぬのは大変困るから、君には大いにしぶとく生き残っていただきたいと思うのは本音でね。それに友人から君のことを頼まれているのもある」
ブラントはお茶を運んできた執事に礼を言ってカップを受け取ると、わずかに口を付ける。
「つまり君が生き残りやすい方策を一緒に考えようと言うのが今日のテーマだ」
言ってブラントは髭を撫でた。
つまり、あくまで冒険者としての成長に限って僕を支援してくれるつもりらしい。
「あの、その前に一つ教えてください。僕のことを頼んだご友人って……」
「ウルエリだよ」
ブラントは事も無げに言うのだけど僕はその答えに心が暖かくなった。
ほんの短い間、一緒に過ごしただけにも関わらずウル師匠は僕のことを気にしてくれている。その事実で、いろいろなことが報われた気もする。
「君は確か、迷宮で冒険者としての手本はウルエリだと言っていたね」
言った。
そして彼女や、同行していた他のパーティメンバーたちの様に規格外の力が欲しいとも言い、ウル師匠にたしなめられたのだ。
「まあ、彼女みたいにひたすら順応を進めるのも一つ、死にづらくなる手法ではあるね」
ブラントはやや投げやりな調子で言う。
迷宮への順応を進めるというのは体力も増大するし使える魔法も増えるのだ。迷宮に置いては全てにおいて有利になり、まさに死ににくくなる手段の王道である。
「何か問題がありますか?」
その態度が気になって僕は聞いた。
順応の果てに迷宮の虜になるのだけど、僕はそれでもウル師匠のようになれるのなら成りたい。
しかし、ブラントは曖昧に首を振って質問への回答と定めたようだ。
「さて、他にどんな手段が考えられるかね」
問いただしても彼は答えないだろう。
僕はあきらめて二つ目の答えを考えた。
「新しい魔法を憶えれば取れる戦法が増えて生き延びやすくなると思います」
魔法使いとしての基本である。
使える魔法の数を増やし、より強力な種類の魔法を唱えるように成れば戦闘能力は格段に向上するだろう。
「なるほど。まあそんなところかね。他にも、より強い仲間を引き連れるとかいろいろとあるんだけど、一番手っ取り早いのはいい装備を身につけることかな」
そう言うとブラントは足下から袋を一つ取り出した。
「ウルエリからの贈り物だよ。迷宮深層で発見されたもので、魔力が込められている。着てみたまえ」
そう言って渡された袋を開けると中には大きな布が入れてあった。
取り出してみてようやく、それがローブだと知る。
迷宮深層まで立ち入って、荷物がいっぱいになった者が捨てたのだろうか。
そういった装備品などは魔物たちが漁り、各々戦利品として装備したり宝箱に隠したりする。つまり迷宮では奥に行けば行くほど、質のいい装備品に出会える可能性が高くなるというのは冒険者の中では常識である。
でも、ローブか。
装備品としては魔法使いといえばローブと言うほどイメージがひもづけられているのではあるけど実のところ、普通の布の服と違いはなく、その上、普段着の方が格段に動きやすいので僕はローブを装備してこなかった。
でも、ウル師匠からの気遣いなら無碍には出来ない。
僕はその薄暗い柿色のローブを身に羽織ってみる。
「あの、随分と大きいんですけど」
まず最初の感想はそれだった。
どうやって作られたかはともかく、以前の持ち主は僕の倍は大きかったのではないかというほどに布が余っている。
「ふふ、まあその辺は私の方で調整するさ」
しかし、布の肌触りがいい。
いったい、どんな素材で作られているのか見当もつかない。
ただの鉄剣であっても。長く迷宮で振い続けるとわずかながら魔力を帯び、変質しながら強化されていくと聞く。誰かが使い、捨て、それを拾った者がさらに戦闘を重ねる。そうして迷宮の中では比類なき魔剣が生み出されるというのも習った。
このローブも幾人かが着込んで戦い続けたのだろうか。
「それ、打撃を軽減する効果も高いそうだからコルネリ君の一撃でも骨が砕けることはなくなるんじゃないかな。ひびくらいは入るだろうけど」
ブラントの発言を聞いてか、コルネリは僕の顔を見ながら首を傾げた。
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