第169話 走る鳥
迷宮の長い階段を下りると、そこは地下二階だった。
地下一階よりも僅かに濃くなった魔力と、圧倒的に上昇する危険度が僕を緊張させる。
シガーフル隊であっても地下二階には緊張するのだ。それが新人パーティである。
僕は深呼吸をして鼓動を落ち着かせた。
ブラントはいくつかに分かれる通路の先を見通すように睨み、一方を指さす。
「とりあえずあちらに進むよ」
そう言って歩き始めた。
戦士二人が続き、新人魔法使い二人がその後ろに着いて歩く。
僕は最後尾に着いたのだけど、これは後ろから見ていた方が他のメンバーに指示しやすいからだ。
地下一階ではあまり口を出さなかったのだけど、死亡率が格段にあがるここから先ではなり振りかまってもいられないだろう。
歩き出してすぐにブラントが細剣を引き抜いた。
遅れて新人戦士もそれに倣う。
「敵ですか?」
女戦士のマーロファムが長剣を構えながら聞いた。
ブラントは人差し指を口の前に立てて黙るようにジェスチャーすると、息を殺して足を進める。
やがて、小さないくつもの影が目に飛び込んできた。
しかし、魔物たちは休憩中のようでこちらには気づいていない。
瞬間、ブラントの細剣が影の一つを貫いた。
慌てながらマーロファムも長剣を振るい影を切り裂いた。
最後に男戦士のバルビッフも戦槌を振り下ろして影を叩き潰す。
『眠れ!』
僕の魔法が戦士たちの後を追うように完成し、獲物を捕らえた。
魔法使いのビーギリオスたちはいきなり始まった戦闘にどうしていいのかわからずに僕の方を見つめたまま突っ立っていた。
奇襲の初撃を生き延びた魔物が五匹、僕の魔法で気絶しなかったその内二匹がようやく事態を理解し、臨戦態勢を取り始めた。
人間の頭ほどの大きさで、口からはチチチ……と警戒音を立てている。
ここでようやく魔物の種類判別に成功した。
「走りヒヨコです」
言いながら僕はコルネリを引き剥がして放り捨てた。
睡眠中だったコルネリは地面に転がり抗議の声を上げたのだけど、それどころではない。
走りヒヨコはおそらく、コルネリと同じ迷宮生まれの魔物だ。
何か鳥の雛だと思うのだけど、幼態でありながらすでに迷宮に順応しており、それなりの戦闘能力を持っている。
戦闘時は名前の通り、もの凄い勢いで走り回るし、小さな体も相まってなかなか攻撃が当たらない。
その上、とがったクチバシによる一撃は鉄板にさえ穴をあける。
見た目に反して地下二階に降りてきたばかりの冒険者にとっては十分すぎる驚異である。
しかし、走り始めたヒヨコもブラントの細剣からは逃れられないようであっさりと一匹は屠られた。
「マーロたちは寝てるのをやっつけて。ビーゴたちは魔法で攻撃!」
戦士のマーロファムとバルビッフは一瞬、僕の指示に戸惑ったようだったけど、それでも従ってくれた。
『火炎球!』
ビーギリオスの唱えた魔法は走り回るヒヨコを包み、絶息させる。
残ったヒヨコたちを前衛が潰してまわり、戦闘が終了した。
※
若干不機嫌なコルネリを拾って休憩していると、ブラントが僕の方にやってきた。
「いいねえ。先ほどの指示はすごくよかったよ」
言って満足そうに頷く。
僕はどう返すべきか決めかねて曖昧に首肯した。
だけど僕の意見を言うにはいい機会かもしれない。
「今のは奇襲できたから無傷でしたけど、やっぱりまだ彼らには早いと思います」
やはり新人たちは浮き足立っていた。贔屓目にみたって彼らは地下二階に不相応なのだ。
ブラントがフォローするにしても限界や失敗もあるだろう。
だとすれば無理な進行は彼らを危険にさらしているとも言える。
理想はここにいる魔物たちと自力で渡り合えるまで十分に鍛えてから進むことだ。
「私だって、いつもならもう少し時間を掛けるさ」
ブラントは迷宮の奥を見つめながらつぶやく。
「だけどねえ、本当に冒険者の数が足りないのだよ。そうするとこれから『達人』の称号を獲て兵士になる者の数も減るだろう。これが非常にマズいのだよ。冒険者組合、あるいは都市全体としてね」
その発言には僅かながら焦燥感が込められていた。
いつも堂々とした態度を崩さないこの男からすると珍しい事である。
「だから指導体制を見直したいのさ。もし君を連れている事で倍以上に効率がよければ今後の指導体制の参考になる」
「効率がよくならなかったら?」
「さてね。教授騎士を増やして受講者数を倍にするのがいいのだろうが、人材がいないのだよ。教授騎士というのは案外とメリットの薄い役目なのでね」
自嘲気味につぶやく男の顔は、自らの境遇を呪っているようでもあった。
この男はなぜそこまで冒険者組合に尽くすのだろうか。疑問には思ったのだけど、僕には聞けなかった。
「とにかく、出来ることは全部やるつもりさ。新人の募集も債権奴隷の販売も、助手制の模索、よそにいる強力な武芸者の都市への引き込みなんかね。ノクトー剣術道場の総帥殿への手ほどきもまあ、その一環さ」
泥だらけのベリコガを思い出す。
彼が指導上手になり、優秀な弟子を排出するようになれば少しはブラントの負担も減るものだろうか。
あんな男にまで頼らざるを得ないとは、ブラントの追い詰められ方もどうやら相当なものであるらしいことは理解できた。
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