第160話 講師プロフィールの紹介

 どういったところで、彼らの目線は不満の色を湛えている。

 だけど、新人冒険者四名よりもブラント一人の方が遙かに強いのは変わらないのだ。

 僕は諦めると口を開くことにした。


「まず、後衛というか全体的な話しですけど弛緩が過ぎませんか?」


 奴隷からの否定に一同はムッとした表情を浮かべるのだけど、当のブラントだけは満足げに笑みを浮かべている。


「ブラントさんがいるから死なない。それは事実でしょうけど、じゃあブラントさんがいないときはどうするんですか?」


 彼らは兵士を目指しているはずだ。

 確かに、兵士として採用を受けるまでの障壁は金さえ払えばブラントが手厚く助けてくれるのだろう。

 でも、その先は?


「確かに、先ほどの魔物は前衛だけで対処可能でした。だけど、それにかまけて後衛の二人は身構えてもいなかったでしょう?」


 僕の問いかけに二人の魔法使いはバツが悪そうな顔をする。

 僕だって、最初の戦闘はどうしていいのかわからなかったのだけど、それは一時棚上げだ。

 

「隙があれば魔法で相手を攻撃するくらいでいないと前衛は簡単に死にますよ」


 そうして前衛が欠ければ次は僕たちの番になる。


「そんな事言ったってアンタだって突っ立ってただけじゃないか!」


 男の方の魔法使いが声をあげた。

 その通りだ。

 それなりに経験を積んだはずの僕でも魔法を使うべきかどうか迷った。

 だから、ただ漠然と戦闘経過を眺めていたと言う点では彼らと変わらない。


「そのとおりです。ただ、これはブラントさんも悪い」


 多分、ブラントは僕がこう言うことを望んでいる。そんな気がした。


「地下一階にあってあなたは強すぎます。だから、横の戦士二人も緊張感を持ち得ない。結果として、魔物との戦闘が訓練の延長のようになり、後衛からすると手を出すべきか否かの判断がしづらいんです」


 例えば、前衛の三人が揃って新人だったら僕は迷わずに魔法を唱えていた。

 他の二人もそうだったかもしれない。

 だけど、その判断は出来なかった。

 それが、ブラントという強力な前衛の影響だ。

 もっとも、単に魔力順応を進めて能力の高い冒険者を生産するだけならパーティに高レベルの冒険者を加えるのは効率的な方法には違いない。

 ただ、そうして育った人間は単に常人よりも力が強く、体力があり、魔法が使えるだけにはならないだろうか。

 

「ふむ、なるほど。君の言うことも一理ある」


 ブラントは口ひげを撫でた。

 彼はおそらく、これくらいの事は当然考えていたはずだ。

 それでも僕の発言にもっともらしく頷いて見せるのは他の連中の敵意を僕に向けない為だろう。

 

「君たちも覚えていたまえ。この迷宮には私でも歯がたたない様な強力な魔物がいくらでも生息しているのだよ。幸いに、地下十階までと定めた君たちの行程ではそんな魔物と対面する機会は珍しいが、それでも希に出会うこともある。そうなればどうなるか。まあ殺されてお終いだろうね。君たちとの契約書類には死の危険があることを盛り込んであるし、君たちとの面談の際も念を押しているのだが、死ぬ危険性はあるのだ。私が育てる百人の教え子の内、無事にイシャールを倒すのは八十人。十九人は途中で耐えられなくなって辞めるのだが、一人は死ぬのだよ。私でも守り切れずにね。自分がその一人になりたくないと思う者は決して油断せぬ事だ」


 僕は契約書も渡されていなければ面談も受けていない。

 ブラントが教え子に喝を入れる為だけに僕は大きな借金を背負わされたのだろうか。

 他の面々の表情は緊張にこわばっているのだけど、僕の顔はきっと渋い表情を浮かべていることだろう。

 ブラントは言い終わると、生徒たちの顔を見回して頷く。

 そうして僕を指さして咳払いをした。

 

「時に、彼の紹介がまだだったね。彼は債権奴隷の冒険者だが、優秀な魔法使いでもある。今回は縁あって君たちの指導を私と共にして貰うことになった」

 

 金を払うのに!

 僕の不満げな表情は、しかし他の面子も同様な表情を浮かべたので目立たなかった。

 

「すみません。ブラント先生にいうのは躊躇われますけど、俺は奴隷に指導されるなんて嫌です」


 前衛の男戦士が発言した。

 他の連中も同様の意思らしく、頷いている。


「そう邪険にしたもんではないのだよ。なんせ彼は……ふふ、いやすまない。とにかく素晴らしい実績も持っているのでね。君たちも冒険者なら聞いたことがあるだろう。シガーフル隊の活躍を」


 一同の表情がサッと驚愕に染まった。


「迷宮を占拠した邪教徒を殲滅したあの……!」


 女戦士の言葉に、ブラントが頷く。

 彼らは今の新人なので、邪教徒事件の頃はまだ学生にもなっていなかったはずだ。とすれば、話しに尾ひれが付いている可能性もある。


「数百名の邪教徒を皆殺しにしたっていうシガーフル隊ですよね?」


 横の女魔法使いが禍々しいものを見るような目つきで僕を見つめる。

 確かに事実としてはそうなのだけど、僕らが一人一人殺してまわったわけではない。大半の死因は自殺だ。


「それだけじゃない。彼は少し前に起こった迷宮異常も解決しているのだよ。地下一階で人獅子と遭遇し、異常に気づいた彼はこれを打ち倒すと仲間たちを引き連れて迷宮を進み、ついにはこれを解決したのさ」


 人獅子、という魔物の名前に驚いたのか、全員が息を呑む。

 と言うか、話しの膨らましかたが恥ずかしくて僕の方こそ息が止まってしまいそうだった。

 第一、主体となって事態の調査をしていたのはブラントではないか。

 

「今も彼はコウモリの魔物を飼い慣らしているが、その際は地下十六階まで降りて強力な魔物を調伏している」


 地下十六階。

 ほとんど一号と歩いただけだったのだけど、まあモノは言いようで、間違えているとも言いがたい。

 

「その上『鋼鉄』ナフロイや『賢者』ウルエリともパーティを組んだことがあり、更にいえばウルエリの唯一の弟子でもあるのだ。それでも君たちの指導者としては不満かい?」


 ブラントが見回すと、誰一人不満を示すものはいない。

 僕は大いに不満だったものの、あまりの恥ずかしさに耐えるので精一杯で、その内心を表に出せなかった。

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