第159話 新しい仲間たち
翌早朝、日の出と共に僕たちは迷宮に突入した。
前衛をブラントの他、二名の重戦士が固め、後衛には僕の他に魔法使いが二人。
つまり後衛は全員が魔法使いである。
ブラントの説明によると、弟子入り志願者が常に理想のパーティ構成になっている事の方が珍しく、特に後衛は誰でもなれる魔法使いがだぶついているのだという。
にもかかわらず、死亡率の高さから腕の立つ魔法使いは不足しているのでブラントにとって魔法使いは育て甲斐があるのかもしれない。
しかし眠たい。
僕はあくびをかみ殺した。
すぐに横の魔法使いが舌打ちをする。
どうもこの新規パーティというか、今期のブラント指導組において僕は他のメンバーからよく思われていないようだった。
僕を除いた一行は都市のちゃんとした家庭に生まれ、シグの様に冒険者を目指し、シグとは違い金を持っているのでここにいる。
そんなお坊ちゃんたちは奴隷の僕と並ばなければいけないのが心外らしい。
思わず出るため息にますます心が暗くなる。
借金が倍以上になってしまったのだ。落ち込むなと言う方が無理である。
ブラントは朗らかに「君なら大丈夫」などと言ってはいたのだけど、これはつまり優良債権と見做された僕にブラントが噛みついただけじゃなかろうか。
そもそも、僕にはネルハの事やキュード・ファミリーとのこと、それに大ネズミのモモックを捜すなどの用事が山積していた。
それを、ガルダとブラントが寄ってたかってなんとかすると言われれば僕も彼らの要求を飲むしかない。
まあ、僕よりは頼もしい連中には違いないのだ。自力よりは信頼できるかもしれない。
どうもモヤモヤとする胸中を治める為に腹に張り付けたコウモリを撫でると、すべすべの毛並みが僕を慰める。
相変わらず、明け方に帰ってきたらしいコウモリはまだ眠たいのかすやすやと寝息を立てている。
僕だって眠たい。
冒険者になってこの方、昼近くまで寝てゆっくりと準備をするのが常だったので、突然夜明け前に起こされても困るのだ。
ブラント曰く、この規則正しい生活も軍隊生活の為、と言うのだけど軍人になる気がない僕には迷惑なだけだ。
多分、向こうの方が正しいので面と向かって文句は言えないのだけど。
「骨犬だ!」
前衛の戦士が叫び、遠くに行きかけていた僕の意識が戻ってくる。
目の前には白骨化した犬の魔物が二体立っていた。
骸骨戦士と同じ、雑霊の依り代だ。
「君たちで倒したまえ」
ブラントは細剣を抜き、いつでもフォローに入れるように身構えながらも左右の戦士たちに命じた。
「はい!」
一人が場違いな程に大きな声で返答し、長剣を引き抜き骨犬に向かう。
もう一人も戦槌を構えて振りかぶる。
シグやルガムの力強い戦い方を見慣れた僕の目で見れば二人とも弱々しい。
もっとも、僕よりは力強いのは確実で、振り抜かれた長剣はみごとに骨犬を打ち砕いた。
だけど、戦槌の方は的を外し、むなしく地面を打つ。
「ほら、すぐに反撃が来るぞ。気を抜くな!」
いつものブラントとは違う気迫のこもった怒声が響く。
胸のコウモリもビクッと体を震わせ、怖かったのか必死にしがみついてくるので首筋を撫でてやる。
他の二人の魔法使いたちも緊張の面持ちで、戦況を見守っている。
と、骨犬の噛みつきを紙一重で避けた戦槌の戦士がそのまま地面に倒れ込む。
足先でしっかり地面を掴むのが基本、だっただろうか。
ベリコガに対するブラントの指導はなるほど真理なのだろう。
長剣の戦士が牽制をしている間に戦槌の戦士は体勢を戻し、再度攻撃。
しかし外れた。
骨犬の攻撃。戦槌の戦士に一回当たり……。
まあとにかく吹っ飛んだ。
追撃に入ろうとする骨犬の前にブラントが回り込み、細剣を振るう。
骨犬の上半身と下半身を繋ぐ骨を細剣がはじき飛すと、形態を維持できなくなった骨犬はあっさりと崩れた。
戦闘が終了し、戦槌の戦士が呻きながら身を起こす。
「大丈夫かね?」
「……はい、すみません」
へえ。
戦槌の戦士は今まで頬面を着けていたし、僕を無視するように黙っていたので気づかなかったのだけど、緩んだ頬面から覗く顔は女のものだった。
ついでに言えば魔法使いも片方が女性なのである。
冒険者になるのはともかく、女性でも軍隊に入れると言うことなのだろう。
僕は今更ながら驚いていた。
彼女たちが非力だというのでも適性がないと言いたいのでもない。
戦士の彼女は僕よりずっと戦う事に向いているだろうし、魔法使いの女の子だって兵士になりたいという意欲だけで僕よりもずっと軍隊に向いているはずだ。
だけど、その、まあ。
まあ、いろいろと難しいのではないだろうか。
僕の知ったことではないのだけど。
煩悶する僕の目の前でブラントは女戦士に回復魔法を唱えた。
「ありがとうございます」
お礼を言って立ち上がる女戦士に頷いて応えると、ブラントは僕の方を見る。
「さて、後衛の指揮者として今の戦闘をどう見たかね?」
ちょっと待て、その肩書きは初めて聞いた。
他のメンバーも一様にむすくれている。奴隷が自分たちの上位に来るのが耐えられないのだろう。
僕が驚いて黙っているとブラントが微笑んだ。
「なにを驚く事があるのだね。他のメンバーは新人。その中で君だけが経験を積んだ中堅冒険者なのだから当然、後衛の指導は君がするのだよ」
彼らと同額の金を払うのに?
「ちょっと待ってください、ブラントさん。僕はその……奴隷ですよ?」
だから自由市民への優先、優越は認められていない。指導をしてもいいのかは知らないのだけど、彼らに歓迎されていないことは雰囲気でわかる。
しかし、ブラントは気にせずに言った。
「かまわんさ。迷宮にあって、奴隷か否かで魔物の攻撃が逸れることはまずないのだからね」
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