第152話 ユニコ

 なにを持って卑怯とするかは置いておいて。

 ノラはブラントとの戦力比を圧倒的に自らの有利と読んでいた。

 しかし、彼との決闘に食指を動かされたのは隠している何事かに惹かれてである。

 奥の手、切り札、秘技。

 呼び方はなんでもよいのだが、共に深層へ潜った際にも様々な技術を披露し、それでも尚、奥底がありそうだった。

 現にあの瞬間、ブラントの動きは見た事のないほど素早く、力は想定していたよりも強かった。

 それが発奮の魔法の働きだと後から聞いて納得した。

 ノラの前では秘していた魔法という奥の手を惜しみなく満天下に晒し、更にはノラの搦め取りを避けもせずに踏み込む熱さも、ノラには見せていなかった。

 冷静に距離を取り、遠間から突きを打ち込んでくるものと思っていたノラの予想は外され、結果として敗北した。

 次回も同じ戦法で立ち会うのであれば、問題なく勝てる。

 しかし、あの男はまだ戦法の幅を持っていそうだ。


「ねえ、ノラさんはあのヒゲに勝てないんですか?」


 小雨が上目遣いで不安そうに聞いた。


「いや、十回やれば九回は勝てる」


 ノラの応えに小雨は満足そうな笑みを浮かべた。

 驕りではない。おそらくブラントも同じように考えているだろう。

 ただし、漫然と勝利を想定していたノラに対し、十度に一度の勝利を強引に引き寄せようとしたブラント。

 心構えの差があったのだ。

 そもそも、突如として乱入したブラントはノラになにも準備をさせず、自らは対ノラ戦のイメージトレーニングを十分にこなしていたはずだ。

 いっそ尊敬したくなる執念だった。

 ノラはあの一瞬、ブラントと交差した視線、そこに映る鬱屈と満足感を見た。

 才能で勝てず、地力で劣る相手に無数の罠を張り、強引に勝ちをもぎ取る。

 ブラントなりの誇りを掛けた一戦だったのだ。

 だからといって負けてはいられない。

 教授騎士から学んだ事をノラは反芻していた。

 百回やって百回勝てるようになればよいのだ。

 いかなる秘奥を尽くす相手でも構わずに打ち倒す。

 それだけが武術の真理であり、これからも求め続けられる資質だ。

 小雨が短刀を突きだそうとした腕を掴み、ノラは立ち上がる。


「小雨、もう少し付き合ってくれ」


 突然言われた小雨は、ポカンと口をあけて固まってしまった。



 地下十五階には一度苦渋を舐めさせられた例の怪物がいる。

 それは知っているのだが、ノラはそちらに向かう気はなかった。

 動きも見たし、手の内も見た。

 もはや学ぶことはない。

 それよりも見た事のない魔物と戦いたかった。

 いかほどの力を持ち、いかなる呪法を使うのか。

 知らずに対面する魔物は己の中の感覚を大きく成長させる。

 そんな気がしていた。

 と、正面から現れたのは一頭の白馬だった。

 全身が神々しいばかりに白いのに額には際だった白さの長い角が生えていた。


「ユニコーンですね」


 小雨が呟いた。

 コーンと言えばたしかキビの仲間だったはずだ。

 と言う事はあの角をキビの房に見立てているのだ。

 ノラは密かに納得した。

 雑穀馬か。

 馬は二人に気づくと敵対心をむき出しにして頭を下げた。

 角はノラのみぞおちをピタリと指している。

 角の長さはノラの刀より長く、硬そうだ。

 それを支える太い首。人間よりも遙かに重たい体重。

 ぶつけられるだけで危険だ。

 飛んできた飛礫を馬は角で弾いた。

 瞬間、ノラは間合いに踏み込み鼻筋に刀を振り下ろす。

 浅い。

 常の馬であれば鼻先どころか首まで刎ねる勢いの斬撃だったのだが、鼻筋に深い切り傷を負わせるに留まった。

 その傷さえ一呼吸の間に塞がっていく。

 深層では大抵の生き物がこうだ。

 どいつもこいつも不死身に見える。

 しかし、そうではない。こいつらは体内に魔力を溜めているだけだ。

 それが底をつけば死ぬ。

 例の化け物女だって例外ではない。

 馬の目が徐々に赤くなっていく。

 怒りの発露か。

 と、角が伸びた。いや、その様に見えた。

 角先を流したノラはそのまま馬の体当たりを受けて吹き飛ぶ。

 衝撃に気を失いそうになった。

 体中が軋みをあげ、どうにか踏みとどまる。

 息を吐こうとした瞬間、猛烈に胸が痛んだ。

 胸骨が砕けていた。

 

「ノラさん!」


 馬を牽制しながら小雨が放ってよこした瓶を受け取り、中身を飲み干した。

 正体は知らないが、小雨の所属する教団謹製の秘薬らしい。

 回復魔法と同等の効果を発揮するらしく、ノラの胸は見る間に治った。

 

 やはり仲間が必要だ。


 ノラはそう呟くと、立ち回りを反省した。

 一人なら死んでいた。一人で駄目ならきちんと仲間を募ろう。

 そうすれば仇にも届きそうな気がした。

 孤剣で討ち果たせればこれに勝る物はないが、仇を討ち果たせなければなんの意味もないのだ。

 なんのために押しとどめようとする縁者を振り払い、同門の仲間たちを切り伏せて出奔してきたのか。

 自らの自意識などこの場で馬にでも喰わせてやればいい。

 ノラは刀を馬に向けた。

 馬の頭が低く下がる。

 キビ角がこちらを伺い、伸びた。

 何のことはない体当たりではないか。しかも一度見た。

 ノラは素早く躱すと通り過ぎざまに刀を一閃した。

 馬は壁にぶつかって派手な音を立てる。

 足下には切り落とした馬の首が転がっていた。


 ブラントのように我武者羅にもがきたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る