第120話 空気袋

「人間やリザードマンを狩るって言っていたけど、この力の弱そうなネズミがどうやってそんなことをするの?」


 僕の問いにギーが口を開くよりも早く、モモックがわめき出す。


「なんちやアイヤン、オイのことばヒヨワちか。ワイに言われたくなかぞ!」


 いちいちやかましい。

 本人には少し静かにしてもらおう。

 僕は籠の蓋をそっと閉じた。

 なかでモモックが何やらわめいているものの、だいぶん静かになった。


「ねえギー意地悪しないで教えてよ。私たちの生活費が楽になるかもしれないのよ」


 メリアがギーの手をとって哀願する。

 しばらく一緒に住んでいて、二人はずいぶんと仲良くなったのだけど、こういうときにギーは弱い。

 メリアを庇護すべき存在として認識しているのか、頼みごとをされると断りきれずに折れてしまうことが度々ある。

 二人の関係は友人と親子と姉妹を混ぜ合わせたようなもので、とにかく上手くいっているのだから、僕は嬉しかったりする。

 今回も、ギーは観念しておずおずと口を開いた。


「あのネズミは川筋ネズミと名乗っていタガ、それは川辺や比較的大きな中州に集落を作って住むかラダ。それで別名をマリネズミと呼ばれることもアル」


「マリネズミ?」


 メリアが首をかしげる。

 ギーは立ち上がって籠の蓋を外すと、中に立っているモモックを見下ろした。


「膨らんでミロ」


「なんね、なしてオイがそげんなことばせんといけんのね」


「メリア、言うことを聞かないのなら始末した方がいイナ」


「ああもう、そうやってひどかことばいうやろ。解ったって、やって見せればよかっとでしょうが」


 モモックは諦めたように言うと、大きく息を吸い込みだした。

 大きく空気を吸い込んでは飲み込むような動作を繰り返す度に腹が膨れ、胸が膨らみ、やがて僕の膝くらいの身長だったモモックは僕の腰くらいまであるような大きな球体に変化した。

 

「例えば外敵に襲われても体内に空気を貯める器官を持つこのネズミはこうやって丸くナリ、河の流れにのって逃げることができるノダ」


「こいもきつかとばってん、もうよかね?」


 モモックは不機嫌そうな表情でそういうと、口から大量の息を吐いて元に戻った。

 そしてすべて息を吐き終え、元通りになると腹を押さえてうずくまる。


「……痛かばい。あんまり気安うやるこってもなかとよ」


 その背中が何となく哀れそうで同じく不自由な身の上の自分と重ね合わせてしまう。

 でも、感情とは別に把握できることは把握しないといけない。


「それもすごいけどさ、それは逃げ方だよね。攻撃はどうやってするのさ」


 僕の問いにモモックは嫌そうな表情を浮かべて目を逸らした。

 

「こいつらには空気を利用した攻撃方法があるノダ。どこかに金属パイプがあっタナ」


 ギーが言うので、僕は倉庫の大部分を占めるガラクタの中から水道管を敷設したときに余ったらしい鉄管の端物をいくつか引っ張り出した。

 

「ちょうどイイ。オイ、いい長さの物を選ぶノダ」


 モモックは腹を押さえながらもギーに渡された鉄管を一本一本、覗き込んだり触ったり、噛んでみたりして自分の身長と同じくらいの長さのものを選んだ。


「モモックはそれでどうするの?」


 メリアが疑問をぶつけると、モモックは弱々しく笑った。

 

「吹き矢みたいなもんたい。オイたちの喧嘩に手足や牙は使わんと」


「先に言っておクト、このネズミはこんな筒を使って石を飛ばすノダ。威力は強烈で十歩の距離くらいならリザードマンの頭には大穴がアク。しかもこいつらは群れで行動するノデ、四方から石が飛んでクル。殺されたリザードマンや人間はその場で解体され巣で食わレル」


 ギーの表情は変わらないように見えるのだけど、おそらく忌々しげな表情を浮かべているのだろう。

 人を食う存在は確かに好ましいものではない。

 でも、僕は彼が人間を食うのだとしてもあまり嫌悪感を感じない。

 最近、一号という人を食う可愛らしい魔物と知り合ったこともあるけど、人間だって他者を食い物にしたり根絶やしにしたりすることがある。

 僕だって、奴隷商に商品として捕獲され、債権として販売されたのだ。

 

「まあ、その特技を見せてもらおうよ」


 僕たちは籠を持って郊外の野原まで移動することにした。

 モモックの吹き矢はお屋敷の庭で実演することもできたのだけど、なにぶん人目が気になる。

 もし、ギーの説明する攻撃方法が僕の想像に近いものなら、他の誰にも見られずに確かめたかった。



 小高い丘から眼下に草原を見渡せる。

 

「ほんなら、あの鹿でも狙っちゃろうかね」


 モモックは百歩以上離れたところで草を食む小鹿を指差した。

 高所にいて、しかも風下側の僕たちに鹿はまるで気づいていない。

 モモックは手近な石をひとつ拾うと、前歯でガリガリと噛み、形を整形していった。

 やがて小石は丸くなり、鉄管にすっぽりと入り込む。小石の大きさに鉄管を合わせて作ったかのように見事な精度だった。

 モモックは再び息を飲み込む動作を始め、みるみる体が膨らんでいく。


「こっからはオイもしゃべれんけんね」

 

 僕の腰くらいの高さまで膨らんだモモックはそう言うと、さらに空気を体内に取り入れ、やがてその体躯は僕の胸くらいまで大きくなった。

 凛々しい表情と短い手足で鉄管をくわえるネズミ。その状況が妙で僕は笑い出しそうになるのを堪えていた。

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