第119話 グリレシア


 籠の中をよく見ると小さな足輪が両足と尻尾の付け根に取り付けられていて、それぞれを鎖が結んでいる。

 ネズミの足元には鉄板が敷かれており、鎖の端はその鉄板に繋がれていた。

 

「さすがにブローン君は知っているか」


 ご主人はため息を吐き、ギーは頷いて返す。

 

「グリレシアによって国がいくつも滅ぼされてイル。地上に出てこない迷宮の魔物よりずっとタチが悪イゾ」


 ギーは無表情に言うのだけど、どう見てもそんなに凶悪な存在には見えない。


「グリレシアはその頑丈な前歯でなににでも穴を開けるノダ。そしてどこにでも入っていって高価なものを盗ミ、食料庫を荒ラス。井戸に落ちて腐ることも多く病気を撒き散ラス」


 その悪行は普通のネズミを更に悪くしたものだろうか。

 

「ちょ、ちょっと待たんねリザードマンしゃん」


 慌てたようにネズミが声を発した。

 その声は細く高い。人間の少女のような声だった。


「わあ、しゃべるの?」


 メリアがネズミに手をさしのべようとするのを、ギーが後ろから引っ張って止めた。


「無闇に触ルナ。病気になルゾ」


「やけんそいが誤解とって。そいは流れもんのゴロネズミどもじゃろ。オイは誇り高き川筋ネズミばい。そんな病気なんち持っとりゃせん!」


 不思議なしゃべり方をするものだ。

 僕はその愛らしい見た目と不相応なしゃべり方に笑ってしまった。


「あ、そこのアイヤンは今笑ったバイね」


 ネズミは今までの表情を一変させて僕を睨み付けてきた。だけど、その顔も別段怖い訳ではなくて、むしろ可愛らしい。


「男を無闇に笑うとどがんなるか思い知らせちゃろうかねえ」


 多分凄んでいるのだろうけど、どうも緊張感がない。

 

「これは早く駆除した方がイイ。この籠ごと水に付ければすぐに終ワル」


「あ、ちょっと待ってって。そがんイジめんでよかやん!」


 ネズミは僕への敵意を放り捨て、ギーに哀願した。

 

「それでご主人、これはどうするおつもりですか?」


 僕が聞くとご主人は頭を掻いた。

 

「見てのとおり外見はかわいい。愛玩用に輸入して、とも思ったのだが気性がよくない上に病気を撒き散らすと聞けば悩むとこだな。やはりブローン君の言うとおり殺処分かな」


 それが一番、あと腐れなくていいだろう。

 しかし、当の本人からすれば文字通り死活問題で籠のなかで必死にわめいている。


「オイは悪さやらしませんって。たのんますけん、殺さんでくんないや!」


 その挙動はいちいち愛らしい。

 ご主人がいまいち決断に踏み切れないのもその外見のせいだろう。


「ふうん……あなたお名前は?」


 メリアが籠の横にしゃがんで聞いた。


「オイはモモックちいいます」


「私はメリアよ。ねえ、モモックは本当に悪いことしないって約束できる?」


「当たり前やなかね。オイは女を泣かす以外の悪さはできん体質バイ」


「じゃあ、私とモモックの約束ね。私たちがあげる食べ物以外は食べないこと。常に私の目が届くところにいること。人の物を盗まないこと。私たちの言うことをよく聞くこと」


 ネズミは大袈裟に何度も頷いて見せた。


「約束する。必ず守るけんオイば助けちゃってんね。メリアしゃん、頼むバイ!」


 メリアは微笑むと振り替えってご主人に向き直った。


「おじさま、この子を私にくださいな。どうせ捨てるんでしょ?」


「メリア、やめてオケ。そう見えて狂暴な種族ダゾ。群れをなせば人間もリザードマンも狩って喰らうノダ」


「やけんがそいは流れもんやっちいいよろうもんっちゃ」


 ご主人は彼女たちのやり取りをしばらく眺めていたのだけど、ようやく口を開いた。


「わかった、それは君たちにあげよう。ブローン君の意見にしたがって処分するもよし、メリア嬢が飼育してみるもよし。ただし、いずれにせよどうすることになったか私に報告すること。それが条件だ。そういうわけでそれは籠ごと持っていきなさい」


 そうして、僕たちは狭い部屋に大きな籠を持ち込むことになったのだ。



 小屋に戻ると、メリアが急いで籠の蓋を開けた。

 中ではモモックが両腕を組んでふんぞり返っている。


「ふう、ほんに危なかったバイ。あんたたちん助けちくれんやったらどうなっていたやら。そういうわけでほら、早くこの鎖を外しちゃってん」


 どうもこの、不思議なしゃべり方をするネズミは尊大な性質らしい。

 

「メリア、やっぱり殺スゾ。外で水に沈めて来ル」


「あ、あ、待ってって。なんそげえ怒っとっと、やめてって、籠ば放してえ!」


 外に持ち出そうとするギーにモモックが何度目かの命乞いをした。

 ギーには効かないものの、メリアには効いたようで、籠をギーから奪い返す。

 

「待ってよギー。この子はこの辺では見ない種族なのよ。せっかくだから働かせてみましょうよ。酒場で踊ったり歌ったりさせたらお金儲けできるかも」


 そう言ってメリアは微笑んだ。

 なるほど、幼い少女でも環境次第で強くなるものだ。

 僕は場違いの感心をしていた。


「ねえ、兄さんも何かアイデアを出してよ」


「なんちか、こんオイに芸ばさせようっていうと。そりゃ無理バイ、オイは芸者じゃなかっぞ」


 確かにモモックは金になるかもしれない。

 でも、それで人気が出て二匹目、三匹目が連れ込まれると問題が起きる。

 さらに言えば、管理の杜撰さから逃げ出して、あまつさえ繁殖までされるとこの都市も疫病にさらされかねない。それはさすがに困る。

 

「ねえギー、とりあえずこの……グリレシアだっけ。なにか特徴を教えてよ」


「汚らわシイ」


 取りつく島もないくらいバッサリ切り捨てて、ギーは椅子に腰掛けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る