第121話 離れ業

 瞬間、鹿の足元が大きく爆ぜた。

 一瞬遅れて形容しがたい獣のうなり声のような音が一瞬だけ響き、さらに少しして遥か向こうで石が立てた音が僕の耳に届く。

 鹿は慌てて走り去っていった。

 

「ぐう……い、痛か……」


 見るとモモックが籠の中で倒れていた。

 あれほど体を変形させれば体に負担もかかるだろう。

 

「なンダ、外しタナ」


 ギーはモモックに構わず、走り去った鹿だけを見つめていた。

 確かに結果をみれば外した訳だけど、かなり離れた的に対して足元まで石を飛ばしている。

 しかもその石は小雨が行う投擲の威力に負けていない。

 これはひょっとしてすごいことじゃないんだろうか。

 モモックが取り落とした鉄管に気づき拾おうとした瞬間、ジュッと音がして指の肉が焼けた。


「熱つッ!」


 火で焼いたような高熱で、思わず投げ捨ててしまった鉄管が丘を転がり落ちていく。

 

「大丈夫カ?」


 ギーがすぐに回復魔法を唱えてくれて、指の火傷は完治した。

 

「そ……そがんとがあるとやったら、オイにもしてぇ」


 モモックがうつ伏せたままで弱々しくうめく。

 ギーは僕をじっと見つめている。たぶん、僕の判断を待っているのだろう。


「ギー、頼むよ。モモックにも回復魔法を唱えてやってくれないかな」


 僕の頼みに応じて、ギーがモモックの傷を癒した。

 

「うう、痛くのうなったばい。ばってんがあんたたちがやらせたせいでこげん痛あか目ばみたとやけん礼は言わんけん」


 モモックは起き上がりながらも言葉を吐く。


「モモックに痛い思いをさせたのは僕で、治したのはギーだからギーにはお礼をいった方がいいんじゃない?」


 僕の提案にモモックはしばらく考えたあと少しだけ頷いた。


「リザードマンしゃん、ありがとう。またなんかあったら頼んますばい」


 片手を縦に出して目の前で前後に動かす。

 たぶん、彼なりの謝意の動作なのだろう。

 

「それでアイヤン」


 モモックはギーの方から僕の方へ向き直る。

 

「あんたはこれで満足したとやろ。これからどげんすっと?」


 彼は彼なりに囚われの身に不安があるのかもしれない。

 その不自由さも不安さも僕にはよくわかる。

 

「オイは腹の減ったけんくさ、なんかうまかもんでも食べさせちゃらんね」


 前言撤回!


 ❇


 鶏肉の串焼きなどを買って帰り、四人で食事をしたあとに僕はご主人を訪ねた。


「あの獣人についてなんですけど、とりあえず一緒に暮らして様子を見ることにしました。生活を問題なく送れそうならまたご報告しますので奴隷として仕入れるなり検討ください」


 ご主人はお屋敷内の書斎で帳簿に目を落としながら話を聞いている。


「ダメそうならきちんと始末を付けろよ」


「はい」


 僕は一礼して書斎を辞した。

 とりあえずはこれでいい。

 モモックが見せたあの攻撃方法は検証次第でグリレシアの価値を増大させるかもしれない。

 だけど、それについて報告していないのでまだ知れ渡らない。

 もっと先、人間がこれから南方に進出していけばグリレシアと交わり、その能力を知ることになるのだろうけどそれは今ではない。

 とにもかくにも僕は目の前のことで精一杯の奴隷なのだから都市や国なんていう枠組みの話を考える余裕も責任もない。


 ただ、僕としてはこれを隠し球に使えそうな気がしている。

 具体的に何か案があるわけでもないのだけど、いざというときに切れる手札は多い方がいい。

 今はその能力を、できるのなら存在ごと隠匿してしまいたかった。

 

 そうして小屋に戻ると、食事で腹を膨らせたモモックはイビキをかいて眠っていた。

 メリアはほほえましくそれを見つめている。


「あいつをここに置くつもリカ?」


 ギーが僕に問いかける。


「一応そのつもりだよ。ギーのお陰でここのガラクタも無くなって広くなりそうだし。それに僕とギーが迷宮に出掛けている間、最近はメリア一人で留守番をさせていたけど、モモックが話し相手になってくれればメリアも少しは気が紛れるよ」


 メリアのため、となるとギーは口をつぐんでしまう。

 こうして、少し前までは僕一人のネグラだった小屋に、住人がまた一人増えて四人になった。

 奴隷の僕、リザードマンのギー、壊滅した邪教徒集団の生き残りであるメリア、そしてネズミ型獣人グリレシアのモモック。

 この都市でもなかなか個性的な同居人たちを見回して、意外なほど心地よい我が家の住み心地に僕は笑ってしまった。



 女戦士のルガムが牙を持つ鶏のような魔物をこん棒で叩き潰した。

 横ではギーの槍によってすでに二羽の鶏が止めを刺されており、今しがたシグの長剣も最後の鶏を切り裂いて戦闘が終了した。

 

 地下二階の魔物に対しても被害を受けることなく勝利を得ることができた。

 僕たちも成長しているということなのだろう。

 それでも体力回復の為に休憩は必要であり、その間に戦果を確認するための作業は後衛の僕たちが行うことになる。

 最近、パーティに復帰した盗賊のパラゴが早々に巣を見つけ、そこに隠していた銀貨や宝箱を引っ張り出した。

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