第13話 野良サムライ

 ノラは人種にしては大柄な男だった。

 垢じみたシャツとボロボロのズボンからは長い船旅を船員として働いたことが見て取れる。

 日と潮に焼けた肌と、一つに束ねた長い髪がわかりづらくさせているが、彼は東の果ての島国出身だった。海を渡り、山を越える長い、長い旅の途中に、名前もプライドも捨てて来たのだが、旅立ちの動機だけは捨てきれずにいる。彼は、仇を追って旅をしていた。

 ノラは仇を追って城塞都市にたどり着いたのだった。


「ここで捕まえられるといいな。その東洋坊主」


 船で知り合ったガルダが声を掛けた。

 ガルダは赤みがかった肌と赤みがかった髪をした小柄な男である。本人の弁を借りるのなら『砂漠の民』の出身であるらしい。

 一見するとその外見は少年そのものなのだが、年齢的にはノラと変わらない。

 人なつこい男で、ノラについて船を降りてきた。


「先に刀だ」


 ノラはそう呟いて歩き出した。

 担いだ風呂敷と長刀。それだけがノラの荷物である。

 刀は国を出立する際に引っ掴んだ数打ちであるが、長期間にわたる酷使に耐えかねて刀身は曲がり、刃こぼれを抱えている。

 ノラはこの刀一本で山賊も海賊も、神仙も物の怪も切り捨ててきたのだ。

 自分で補修できる部分については補修を施しているが、それも限界が来ているのはあきらかだった。


「そうね。まあ大丈夫じゃない? 多分あると思うよ」


 ガルダがキョロキョロと周囲を見回しながら答えた。

 ノラの言う刀は、東の果ての島国で生産される武具であったが、どちらかと言えば大陸の西に位置する国々で主に工業製品の原料として重宝され、それなりの量が大陸を横断して運ばれている。

 だから、貿易中継地点に近いこの辺りにも取扱があってもおかしくない。

 と、ガルダが目ざとく目的の物を見つけた。


「あれ、ほら。あの二階の窓に立てかけられているヤツってあんたの刀と似てない?」


 ガルダはやたらと目がよく、船でも相手より先に遠くの船を見つけていた。

 ノラも目をこらすと、確かに窓から覗いているのは刀の拵えである。

 一階は店舗になっており、パンを売っている。

 看板も出ているが、二人はこの国の文字が読めない。


「なあ、姉ちゃん」


「はあい?」


 ガルダが店員を呼び止める。


「ここはなんてお店?」


「ラタトル商会ですよ」


「二階もお店かい?」


「いえ、二階は会長室ですけど……」

 

「あっそ。そんな事よりお姉ちゃん可愛いね。俺たちさっきこの街に着いたばかりなんだけどさ、この後どこか飯でも……」


 店員に絡むガルダを放ったままノラは店に入り、二階に上がる階段を上がった。


「あ、待てよ」


 ガルダもその後を追う。

 階段を上がった先の扉を開けると、部屋では一人の男が机に向かっていた。男は 驚いた顔でノラを見ている。


「ちょっと、困りますよ!」


 店員が慌てて追いかけてきた。


「いいから、いいから。ね、お姉ちゃん。俺たちはちょっと商談に来たんだ。まとまればすぐに帰るよ」


 そう言ってガルダは店員に小銭を握らせた。


「なんだ、お前達は?」


 ノラは頬髭を蓄えた大柄な男を無視して視線を走らせる。

 窓際に立てかけられた刀を見つけると躊躇無く手に取り、引き抜いた。

 まったくもって酷い。

 見習いの刀鍛冶が打った練習作と言ったレベルの刀だった。

 しかし、それでも自分が持っている刀よりマシだ。


「これを売ってくれないか」


 刀を鞘に収め、机に置いた。


「いくらだ?」


「は?」


 男は不機嫌そうな表情を浮かべた。

 相手が押し込み強盗ではなく客だとわかり、頭が回り始めたのだろう。


「なんだ、お前達。失礼じゃないか!」


「まあ、まあ、会長さん落ち着いて。ごめんね。あいつちょっとバカでさ」


 ガルダが二人の間に立って男をなだめる。


「悪いやつじゃないんだよ。ね、ただあんな感じの刀を探していただけなんだよ。売ってくれりゃ、すぐ出て行くよ」


 男は苦々しげに顔をしかめる。店員はどうしていいかわからずにその場に立ち尽くしている。


「……銀貨で五枚だ」


 その言葉にガルダは感心した。

 正体不明の押し買い客に対して突っぱねるでもふっかけるでもなく、すぐに毅然と適正価格を出してきたからだ。

 ひょっとしたら傑物なのかも知れない。そんな評価をくだす。


「じゃあ、貰っていくよ」


 ガルダは硬貨を机に置いて言った。

 用を済ませたノラとガルダはそのまま、あっさりと出て行った。

 男は――ラタトル商会の会長は不機嫌そうな顔を崩さず、店員も下がらせると小銭をポケットに突っ込みながら情けない声で呟いた。


「ああ、怖かったぁ」


 彼自身もその所有奴隷に負けないほど、荒事に適性がなかった。

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