第14話 シュート=滑り落ちる

 僕たちは結局、一戦もしないままに地下二階を去ることになった。

 撤退により、ではなく罠に引っかかって。


 シュート!


 そう気づいたときには僕達全員が落下を始めていた。

 落とし穴というか、ワームホールというか。

 迷宮内に棲まう生き物が下に向かって掘った跡だ、とか水が時間を掛けて地面を削り取った跡だとか言われる落とし穴が迷宮にはそこかしこに掘られているのだという。

 その口の上には小型亜人種の魔物などが薄い板で蓋をし、通路に使っている事があるという。

 僕たちが落ち込んだのもそんな穴の一つだった。

 全員が乗った踏み板は六人分の重量に耐え切れずにへし折れ、全員が穴に滑り落ちた。

 急傾斜の滑り台に乗せられ、何かを考えるまもなく下の階層にたどり着いていた。

 幸いに、穴の下にはクッション代わりの物体が敷き詰められており、その上に投げ出された僕らは死なずに済んだ。


 ええと、名前はなんと言ったかな。


 僕は今しがた、僕を受け止めてくれた死体の名前を思い出そうとして、やめた。たしか僕と同期の魔法使いだったと思うのだけど、パーティ全員がここで死んでしまっているので今後、復活する事はあるまい。

 僕は名前も思い出せない駈け出し冒険者達のなれの果てに祈りを捧げた。

 本来であれば祈るのはステアの役目だと思うのだけど、彼女はショックで固まってしまっている。


 一体、なににショックを受けているのだろうか。

 顔見知りの死に対してか、それとも自分の番が近づいてきているからか。


「いてて、まいったね」


 ルガムが腰をさすりながら立ち上がった。

 見回すと、全員怪我らしい怪我もしていない。

 シグも既に立ち上がって周囲を観察している。


「おい、どうするんだよ。地下三階に来ちまったぞ!」


 パラゴがいらだたしげに喚いた。


「いいから黙って立て」


 シグが有無を言わせぬ口調で言った。

 パラゴは不満げだったが、それでも黙って立ち上がる。

 ヘイモスも立ち上がったので、続いて僕も立ち上がろうとすると、はみ出した内臓を踏んでしまい、滑って転ぶ。

 恥ずかしいな、と思いながら立ち上がると、ステアを振り返る。


「ほら、立とうよ」


 僕はステアに手を差し伸べた。


「いやっ!」


 僕の手はステアに払われてしまった。確かに僕は血だらけだし死臭が酷い。

 それでも、それはステアも似た様なものだし、それでここまで嫌がられる筋合いはない。


「あのねえ、ステア。ショックなのはわかるけど早く立ってくれないかな。この死体、みたところ死んでから一日は経っていないよ。でも、その下に別の死体はないだろう。てことはさ、定期的に死体を浚いに来るヤツがいるんじゃないの?」


ガラにもなくムッとして強い口調で言ってしまった。


「なあ、本当に何か来るのか?」


 シグが小声で聞いてきた。


「さあ?」


 僕は首をかしげる。

 こんなところに来るのは初めてなのだ。でも、ここに古い死体がないということはそういうことだ。気の利いた清掃業者の仕業なんかじゃ絶対にない。

 僕達はすぐに立ち上がって移動するべきなのだと思う。


「こんなところから、ちゃんと帰れるのか?」


 ヘイモスが呟いた。

 その一言がシグの神経に障ったらしい。その瞬間のシグは、今まで見た事もないような禍々しい表情を浮かべていた。


「知るか! お前達が来たいって言うから来たんだろ。俺に頼るな!」


「なんだ、その言い方は!」


 今にもシグとヘイモスは武器を向け合いそうだ。


「あれま。どうしようかね」


 いつの間にか僕の横にルガムが立っていた。

 彼女も前進支持だったため、すこしバツが悪そうな顔をしているが、それでも他の面子に比べればずいぶんと落ち着いている。


「待て」


 僕は反射的に言いながら指を伸ばした。

 指の指し示す先にいたシグが一瞬、気を取られた。


「違う。その後ろ。パラゴ、武器をしまって」


 奇襲を看破されてパラゴは舌打ちをした。


「ちょっと待ってよ。ねえ、シグもヘイモスも、パラゴも、落ち着いてよ」


 三人に呼びかける。


「だいたい、パラゴはそれ、成功してたらどうするつもりだったの。シグを殺したらその穴を埋めるのはパラゴでしょ。持たないじゃん。すぐ僕とステアも死んじゃうよ」


「ああ、そうだね。ほら、終わり終わり。続きは地上でやって」


 ルガムも仲裁に入る。

 納得が行った様子ではなかったが、それでも状況故にヘイモスとパラゴは受け入れた。

 しかし、シグは収まらなかった。


「おい、奴隷のくせになにを偉そうに仕切ってるんだよ。普段は意見も出さないで後から着いてくるだけのくせに、こんな時だけはちゃんと喋るんだな!」


「は?」


 ルガムが棍棒を引き抜いた。表情からわかる。彼女は怒っている。


「あんた、なに? 頭に妖精でも取り憑いた? いい加減にしないと殺すわよ」


 鷹揚に見える彼女もここまでに相当神経をすり減らしていたのだろう。

 イラだたしげにシグを睨み付ける。

 ああ、まずい。まずい。このままでは生きて帰れない。

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