第12話 地下二階へ
羊飼いの娘であったルガムの村を襲った悲劇は特に珍しい物ではない。
五十名を超える敗残傭兵崩れの盗賊団に村が襲われたのだ。
抵抗を試みた村人が次々と殺害される中、ルガムは持ち慣れた棍棒を振り回し、十人を殺害。そのまま山の奥深くへ逃走した。
しかし、盗賊団は女子供を人質にとり、残った村人に命じてルガムの追跡と捕獲を命じたため、ルガムは見知った顔ぶれの追跡者達から逃走劇を繰り広げ、ついにこれも二十人以上を撃ち殺して逃げおおせた。
こうして、住処を無くしたルガムは同時に、自らの常人離れした膂力を自覚し、これを食い扶持に換える術を探る内に借金に絡め取られつつも、この迷宮にたどり着いた。
僕は、彼女が夜盗か傭兵にならないでよかったと、少しだけ安堵した。
たどり着くのは野垂れ死にだという事実に変わらないのだとしても、彼女を軽蔑しないで済む。
「いつかね、もっと強くなったらあの盗賊団を皆殺しにしてやろうかって思ってるの」
ルガムは笑って言った。
「その時、僕が奴隷じゃなければ手伝うよ」
僕もそう言って笑った。
何が楽しいわけでもないのだけど、未来の約束ができた事がなんとなく嬉しかった。
僕も彼女も先が見えない。僕らの歩く道はすぐ先に死が横たわっていたとしてもその時になるまで気がつくことが出来ない。
そんな運命を鼻で笑ってやった気分だった。
もっとも、だからどうしたというわけでもないのだけど。
*
やがて休憩が終わり、僕らは再び歩き出した。
最近は調子がいい。
とは言っても、果てしなく深いと形容される迷宮の入り口近辺をおそるおそる歩くだけだ。
下に降りる通路なんかも見つけたが、今のところ素通りしている。
迷宮の怪物達は地下深くに行くほど強力になるからだ。少なくともリーダーのシグは初戦の危うい勝利をまだ引きずっている様で、リスクをとりたがらない。
街の酒場で情報交換をした同期の組合員達は次々と下層に降りているらしい。ただし、酒場で見かける同期の顔ぶれは当初の三割ほどに減っているので、シグの判断が必ずしも愚かしいわけではない。
しかし、効率は悪い。
浅瀬で小銭を浚う泥ヒバリの様な冒険は、他のパーティにも笑われている、とヘイモスは言っていた。早く冒険の進度を進めたいようだ。
僕の借金も全然減らないのは、たしかにその非効率な迷宮の歩き方が原因ではあると思うのだけど、あっさり死んでもおかしくない僕がまだ冒険を続けているのは、そのおかげでもある。
僕はここぞとばかりに奴隷根性を丸出しにし、前衛の判断に従いますよ、と自主性を放棄して後をついて行く。
盗賊のパゴラはもともとヘイモスとコンビだったことも有り、近頃はシグを言葉でつついている。
即席パーティは進路問題で空中分解の危機にあった。場所は地中だけど。
「せめてさ、階段を降りてみようぜ。すぐ戻ってきてもいいから。二ヶ月も冒険者をやっていてまだ二階に降りたことありませんじゃ格好が付かないよ」
ヘイモスが妥協案を出した。
「まあ、最近は安定しているしね。稼ぎがよくなるならそれもいいね」
ルガムも頷く。
シグは僕とステアをチラリと見たが、不安そうなステアを見て、ため息をついた。
もし、多数決を取れば、ヘイモスとパラゴ、ルガムが進行を支持。シグとステアが現状維持を希望だっただろう。そうなれば僕も立場上現状維持を選んだだろうが、シグはリーダーとして決断を下した。
「下に降りる。ただし、一度でも魔物と戦えばそれで今日は撤退だ」
地下二階以降、魔物は強くなり、迷宮は複雑になる。
当然、生還者も激減する。
シグは二階以降も慎重に探索を進めるつもりなのだろう。
*
僕らはやがて、地下二階に降りる通路へとたどり着いた。
迷宮は広く、横に広がっているのであるが、ある箇所に下に向かう通路が掘られている。
元々は魔物達が利用していた物を冒険者達が押し広げ、通りやすくしたのだという。
階段、と呼ばれるとおり、ステップが掘られて下に伸びている。
その先には更に広大な迷宮がまた横に広がっているという。
組合の話では現在、地下三十五階までは冒険者が探索を行っていると言うが、迷宮は更に先が有り、どこまで続くのか、奥に何があるのかは不明だという。
便宜上、地下一階、二階と呼ばれるが、その間をつなぐ階段はかなり長く、滑り落ちればそれが死因になりそうなほどだ。
僕は慎重に階段を降りながら、帰りが面倒くさい、などと考えていた。
やがて、階段が尽き僕らは晴れて地下二階に降り立つことに成功した。
「ほら、何にも変わらないだろ。だからビビりすぎなんだって。縮こまるのはいいけどよ、どうせ冒険なんて後先を考えていちゃやれないことだらけだぜ」
ヘイモスは陽気に言った。多分、恐ろしいのだろう。弱気になりそうな自分を無理に鼓舞しているように見えた。
階段を降りてさっそく三つ叉に別れた通路を、シグの直感に従って進み始める。
ステアとパラゴが地図を作りながら後を追う。
僕は後衛で一番、戦えるという事でいつ始まるとも知れない戦闘に備えている。
しかし、いくら歩いても魔物は出てこなかった。
たった一度、戦えば帰還すると決めるとこれだ。
僕たちは迷宮の悪意に弄ばれながら、疲労を貯め、奥へと進んでいく。
冷静に考えれば、適当なところで切り上げて帰還すればいいのに、僕たちは『一度の戦闘を終えたら帰る』というスローガンに苛まれる。初めての地下二階に降りたことに舞い上がってしまったのだろう。
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