二度目の魔界入り



 本来は危険極まりない魔界行きの旅装は、ものの五分で整った。

 前回は準備に半年もの期間を要したが、今回は持って行く物がないからであった。

 ジロの現在の強さは装備に依存していないために、仰々しい装備も何も必要としていない。

 

 ジロは呪物を持っていき、サラに管理を任せる事も考えたが、今回は見送ることにした。

 呪物のほとんどがAFアーティファクト級かそれ以上の潜在能力を持ち得る為に、魔力反応が激しい。

 それに反応した魔界の大型魔獣や、秘者をも相手にするという眉唾な伝説クラスの魔獣などと万が一出会った場合、持てる技術を行使すれば人界では無敵に近い半魔人のジロが、それら相手にどの程度渡り合えるのかが未知数である為である。


 ジロはシカリィクッター製の武具をカウンターに置く。


「マール。お前らから奪った武器に買い手がつきそうだ。それはペール支部に持って行って、大事に保管しておけ」


「あ、あのっ!!」


「明日、ダンが来たら、……そうだな、ジロの恋人だとでも名乗って、そのまま居座れ」


「いえ! そうではなく――、……えっ!? ジロ様の、こ、こ、恋人!?」


「そうだ。その方が今後は何かと色々便利だろうからな。頻繁に二人っきりでいても不自然じゃないしな」


「二人っきり! 頻繁に!? は、はいっ!! 恋人役、慎んで拝命致します! それと、あのっ!? ジロ様は一体、どち――」


「――お前がダンに店員兼留守番役としての心構えを教育しろ。そして二人で本店をうまく回せ。俺の留守中に商談の機会があれば、すべてお前の裁量に任せる。

「エリカとリーブが来たら身を隠せ。今は会う事はするな。他の監視役に、二人の来訪を知らせる見張り態勢を整える事を最優先事項としろ。二人への紹介は、折りを見て俺がいる時にする」


「ハッ! 畏まりました。ジロ様!! 質問をお許し下さい!! ジロ様は今度はどちらへ出向かれるのしょうか?」


「魔界へ行く」


「そんな!? す、すぐに手配を致しますので、私か、アルフレッドを同行させますよう進言いたします!」


「足手まといだ」


 ジロはそう言い捨てると店外へと出る。そしてすぐに闇夜の中へと体を浮かび上がらせた。


「で、ですが!」


 慌てて走り出て来たマールを眼下に、ジロは上昇を続けた。


「自分の身を守る事で精一杯なのに、連れて行く訳がないだろう?」


 マールに届くはずもない高度でそう呟き、


「さて……サラの奴、ちゃんと店番してるんだろうな?」


 これから行く魔界への道行きに気持ちを重くしながら、ジロは連れのいない全速力飛行を発動させた。



        ◆


 五時間後、検問を通る必要もないジロは、絶壁から魔界への侵入に成功する。


 空は飛ばない。魔界の空は得たいの知れない生き物が多く生息しているのを噂だけではなく、自らの目でも確かめたからであった。


        ◆


魔界では魔人に魔獣が絡む事は絶対にない、っというのが人界の常識である。

 

 だが、


(普通に攻撃してくる……やっぱり、魔獣達には秘者として見られてないようだな)


 すでに十を超えた数の魔獣を斬り殺し、今も難無く撃退し、剣を鞘に収めながらジロは首を傾げる。


 ジロは大型魔獣にはこれまで通りに襲われると警戒し、気配や姿を発見すれば、回避に努めていたが、小型で魔力量の少ない魔獣には襲われないであろうとタカを括っていた。

 だが、現実は以前のように小型で魔力総量の少ない、言わば魔界最弱の生物にすらも、ジロは襲われた。


(魔人化が進んでるって言っても、魔人としては弱いらしいサラから眷属化されたさらに弱い俺だ、肉体の変化、魔力総量は人間時とたいして変わらない)


 歩き出すと、すぐに動く反応のある魔石、つまりは黒剣に興味をひかれた中型の中では小さい体躯の、虎のような魔獣につけ回される。

 以前なら全速力で逃走を図り、絶対に戦闘は回避したであろう中型だったが、今のジロの身には容易く撃退する事ができる。


(だけど、向こうの魔獣には、俺が弱い生物だとみなされているって所をみると、俺の魔力総量は人間とほとんど変わらず、向こうの目には脅威には映ってないんだろうな)


 中型の魔獣は無警戒のまま、ジロを押し潰そうとするように飛びついてきた。人間の四、五倍は体積がありそうな、その虎型の中型魔獣の胴に剣を走らせる。


 剣は背骨で止まったが、腹をほぼ両断され、殺されるに至り、ようやく魔獣の目に恐怖が浮かぶが、ジロはそれを一瞥して先を急ぐ。


 しばらく進んだところで、


「あっ!! 皮を剥いでなめせば、魔界の魔獣の革として、革加工ギルドに高値で売れそうだな……」


 きびすを返し、急いで剥ぎ取りに戻るとそこには血溜まりと森の奥へと続く血痕だけを残し、虎の魔獣の姿はなかった。


「あれで死なないのか……。あきれた生命力だ」


(魔人としては、魔獣に魔人だと認識されないぐらいだが、戦闘技術は魔人のソレだからな。知性に乏しい獣になら、いくら魔力総量の差があっても、勝てて当然か。……大型にも通用するか試してみるか?)


 人界の目撃談では、大型や超大型の魔獣は知性に乏しいものの、中には魔人をも平気で喰らう種も存在するという。


(……やめとくか。師匠の事にケリを付けるまでは、無用な命のやり取りは避けるべきだな。万能感に酔いしれて、人界でもポカをやらないように自分を戒めよう)


 ジロは、あれほど警戒していた魔獣をいとも容易く撃退できる自分に気づき、好戦的な気持ちになっていたが、気を引き締めなおした。


「そうだよな。これから俺を作り直しやがった、魔人に会うんだし、警戒はしてもしたりない位だからな」


       ◆


 店内で寝言の尽きないサラを横目で見ながら、置いていった呪物を確かめる。封印は施されたままで地べたに置いてある。

 前と違う内装の変化はそこかしこにしなびた花やしおれた草が添えられていたり、泥ダンゴで飾られたりしている事だった。


「呪物に異常は……、無いな」


 ホッとジロは息をつく。魔力反応が少なく、呪力は弱い物を持ち出したとは言え、封印を解けば、その魔力反応は魔界のそこら中にある魔石よりも明らかに強い。


「人界の封印技術は、こっちでも機能するっていう証拠なのか? それともたまたま、それを簡単に見破るような魔獣に出くわさなかっただけなのか?」


 その独り言に対する返答は、ない。


 疑問に答えてくれそうな少女は眠っている。

 その幸せそうに寝ている頬を指でプニプニとつついてみるが、サラが起きる様子は一向にない。

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