少女との再会


 ジロはだらしなくよだれを垂らしながら眠るサラのまぶたを指で無理矢理こじ開ける。

 まぶたをこじ開けられたサラの瞳は眼球運動が激しく、ジロはそれを見て吹きだしそうになった。眠るサラは鬱陶うっとうしそうに顔を背けてジロの指から逃れた。


「……サラ。……おい、起きろ。お前の眷属けんぞくとやらが帰ってきてやったぞ。生みの親ならそういう反応とか感じ取れないもんなのか? 俺とアーグルはそういう繋がりパスを感じたぞ?」


「……しゃっせ~~」


「サラ!」


「うらっさい~しゃっせ~。むにゅ、しゃっせ~」


「……お前、本当は起きてんじゃ――」


 ジロは近寄り、バカな子供にしか見えないサラの小さな肩を軽く揺する。


 サラは相変わらず、むにゃむにゃ言うだけで、起きる気配もない。ジロはさらに強く揺すってみる。


 頭をガクンガクンさせながら、ジロに揺らされ続けたサラは、閉じたままの目の上の眉をキュッと寄せると、拳を高々と振り上げ――


 ――その瞬間、ジロは本能でヤバイ! っと嫌な予感を感じ取り、全力で離れる。

 一切の力の加減をせずに後ろに飛んだために、ジロは背中を店外の岩肌にぶつけたが、ジロは大した痛みも感じない。


 冷や汗がジロの全身にどっと噴き出した。


 次の瞬間、何事もなかった地面が突如陥没し、二号店は崩壊した。余波は十数m離れたジロの足元まで及ぶ。硬かった地面は砂のようになってしまっている。


 ジロは呆然となりながら、地面に埋まりかけた体を魔法で浮かせて宙に浮かぶ。


 ジロのズボンや靴から、見た事も無いほど細かな砂がパラパラと地に落ちる。

 その砂に釣られたように、ジロの五倍はありそうな人界の蟻に似た形容しがたい魔虫が突如空に飛び出し――ジロの見守る中上空で膨れあがったと思うと、そのまま地面と同じように砂のように四散した。


 砂とは違う、魔虫の残片や体液を被らないように、ジロはさらに後ろに下がった。


 魔虫だった体液まじりの砂山の残骸のさらに向こう、二号店があった場所を見る。

 二号店が存在した場所は様変わりし、見慣れたはずの光景は、数秒前の地形すらも維持できておらず、まったく別の場所のようになってしまっていた。


 崖際に二号店は存在していたが、猫の額ほどの平地に立っていた二号店は、岩盤ごと完全に消失し、地滑りでもあったかのように、崖のほとんどが砂となって崩落している。


「おい、おい、おい!」


 反応を探すまでもなく、崖崩れの中心の砂中にサラの反応が感じ取れる。


 数秒後、モコモコと砂の一部が盛り上がり、


 「ぷはぁ! なんだ、なんだ!?」


 そんな頓狂とんきょうな声と共に、ぴょこりとサラが飛び出てきた。


 どういう破壊の結果なのか、サラの下半身は存在せず、下半身の代わりに、スカートをはくようにして、家ほどもある大岩がくっついている。


 サラは、大岩の下半身をつけたままなのにもかかわらず、ジロと同じように苦もなくフワッと浮き上がり、犬のように身を震わせて砂を払い落とす。


 その後、一瞬よりも短い時間、ジロは魔法反応を感じ取る。


 ジロはその反応を最初は錯覚だと思った。そんな短い魔法反応になど出会った事がなかった為だ。

 だが、サラの下半身に付いていた大岩は、最初から攻勢素材が全て砂であったかのようにボフッと崩れ、砂で白くなっていたサラの全身は、その一瞬ですっかり綺麗になっている。


 ジロはその結果だけを見て、サラのなにがしらかの魔法行使が、この場で行われたのだと、息を飲んだ。


(これが……魔人の魔法。魔法反応さえ観測できないなんて、凄まじすぎるな……)


「サラ、起きたか」


「なんだこれ!? なんでアタシはこんな所にいるんだ?」


 サラはジロを無視し、首をひねっている。


「サラ!」


 サラは相変わらず反応を示さない。


「サラ!!」


 ジロは言葉に念話も加え、叫ぶ。サラのこの反応は初見ではなく、サラが言うには、弱すぎると存在に気づかないと言ったのを思い出したからだった。


 ようやくサラとジロの視線が出会う。


「サラ……。帰ってきたぞ」


「うぅん? ……なんで知らないお前が、アタシを呼ぶ? ……。ダメだな、落第。全然弱そう」


「……。俺だ、俺。ジロ・ガルニエだ」


「えっ? 誰? 知ら~ん」


「……おい、俺だってジロだ」


「よわっちそうな奴だし、知らんって」


 そう言うとサラはジロへの興味を完全に失った様子で、砂の上に降り立つ。

 ジロも真似して降りると、見た事もない微細な砂はすぐにジロの太ももまでジロを飲み込んでいく。このままでいれば完全に埋まってしまうのが分かったので、ジロは再び浮き上がる。


 そんなジロに一切視線を向ける事なく、砂地に足跡を付けながら、サラは二号店のあった場所にテクテクと歩いていく。


「あ~~~、店はどこいった~~。う~~ん、テンチョーに怒られる~~。どうしよう~~!」


「その店長が俺なんだが……」


 サラは振り返りもしない。


「お店の品物……なんだっけ? ジュブチュ? だっけ? いくつ置いてあったっけ~? え~っと~~」


「呪物な。……全部で四つ。手軽に運べるのがそれしかなかったんだって前に言ったろ……」


 浮きながら、ジロは呪物の反応を頼りに、風魔法で竜巻を作りだし、砂を巻き上げて、砂を掘っていく。


 サラが、砂を撒き散らすジロをなんだ、こいつは……という感じでジロに注目し始めた。不思議な事に竜巻の風の中にいるのにサラの周囲だけ風が避けていく。


 呆れた存在感を示すサラに対しジロは、お前も手伝え、っと声を掛けようとした瞬間、ようやく呪物の一つが掘り出せた。持ち上げると――


「あっ! ショーヒン、……ヨーヒン? ジュブチュヨーヒン!!」


 サラが手の平を空に向けて振り上げる。


 するとやはり魔法の発動を感じる事もなく、残りの呪物が砂から飛び出してきた。

 そしてそれらと一緒にジロの手に持った呪物も引っ張られていき、サラの目の前に吸い寄せられる。


「うおっ!! ……どんな類の魔法だ」


 改めて魔界の魔法の意味の分から無さに具合に、ジロは絶句した。


「お前もソレ返せ! ……? あっ!! お前、キャクサマか? テンチョーの言ってた、キャクサマだろう!? お前、キャクサマだな!! ジュブチューヒン? ジュブツショーヒン? ヤスイよ~。らっしゃっせ~! ヤスイよヤスイよ~!」


「サラ……、サラ! 俺だ! お前がテンチョーって言ってたジロだ! それに、お客様だ」


「そうだった、そうだった。オキャクサマ! ……、……? えっ!? テンチョー? あれ? 死んだんじゃなかったの? ……《来い!》」


サラが手を天に伸ばし、ジロに来いと言った。


 ジロは『?』で頭の中を一杯にしながら、サラに近付く。


「来たぞ。それは魔人流の人の呼びつけ方か、なんかなのか?」


「テンチョーを呼んだんじゃないよ。……、……やっぱり戻ってこないな、テンチョーの黒動石。ま、いっか! テンチョーは死んでないで、こうして動いてるし!」


「……何がなんだかさっぱりだ。おい、サラ。俺の主人なら主人らしく、詳しく教えろ」


「教えろって、何を?」


「……まぁいいや。つーか、俺を忘れるなよな……」


「テンチョーが悪いんだぞ! アタシたち、秘者は弱い奴の事なんか、す~ぐ忘れちゃうんだ!! だって覚えててもしょうがないじゃんか!」


「そんなプリプリ逆ギレ気味に事言われてもな……。俺はお前の眷属だって、お前に言われたんだが、……そういう反応ってお前、感じ取れないの?」


「ん? ……、あっ!? それ、忘れてた! えっと……」


 数秒、サラは目を閉じ、再び開ける。


「よっし! これでもう、テンチョーがいくら弱っちくても、思い出せない事はないぞ!! なんてったって、お前はアタシの大事な眷属になったんだからな! いくら弱すぎてても、絶対に忘れない!」


「大事って言うのなら、最初から覚えとけ……」


「むぅ!! テンチョーはなんか、最初から生意気だな! セラとゼラだって、最初はもっと、大人しかったのに!!」


「セラ? ゼラ? 文脈からすると同じ眷属?」


「ん? ……あっ!? ち、違うぞ!? 二人はアタシの眷属なんかじゃない! えっとぉ……二人は、私達の事はなんて言え、って言ってたっけなぁ……。……う~~ん。……ホゴ……シャ? !! そう! セラとゼラはアタシのホゴシャだ!! アタシの大事な眷属はお前一人だけなんだぞ! 感謝しろ!」


「……その大事な眷属とやらになった俺をさっきお前、寝ぼけて殴って砂にしようとしてたぞ」

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