勝利条件


(でも……俺の動き何かよりもずっと速い《熱線カロリック・レイ》を、どうやって俺は避ける事ができたんだ!? ……確か、……火の精霊達の方を見てたら違和感を……)


 再び火の精霊を見ると、火の精霊は激しく動き回っている。なおも見続けると、その中の一匹が、急にピタリと空間に固定されたかのように、動きを止める。他の精霊達は今まで通りに飛び回っている。


(これだ! さっき感じた違和感は!!)


 身を投げた途端にまた《熱線》がジロの立っていた空間を貫く。


 今度はずっとその精霊を注視していたので、熱線発動の仔細しさいを理解できた。


 止まった精霊が、今のジロの目を持ってしても、見えないほどの速さで動き、往復する様子が辛うじて見えた。


 精霊の止まった場所を始点として、ある一点で折り返し、その直線を精霊が尋常ではない速さで往復する事によって《熱線》という魔法効果が成立している事が理解できた。



(一度きりだけ魔力を受けて飛ぶ、撃ったら撃ちっぱなしになるはずの精霊が一回の魔法で何度も力を発揮して、しかも往復を繰り返すなんて……)


 ジェリウスと並び称されるカルラの稀有な魔法の才能が、今は自分の殺害に向いている事にジロは戦慄を覚えた。



 折り返し地点に何があるのかが気になったジロは、熱線が消えた瞬間にふり返ると、そこには赤く輝く石炭があった。


 石炭は《熱線》の射線上にあったのにもかかわらず、傷一つ付いていない。


「……これか」


(そう言えば、幽界でこの魔法を見た時、俺とカルラさんの周りは山火事だった。……往復させるには、術者の他に折り返し目標の熱源が必要なのか!!)



 幸運だったのは、その強力な魔法が、精霊達の働きが重要であったために、弾道予測が容易であった点だった。


 またも精霊が止まり、ジロはその精霊を観察する。


 力をため込んでいるように見える。


(多分今、カルラさんの詠唱によって精霊に魔力がどんどんと集まって――)


 人の魔力を受け付けてもなんの変化も見られない精霊であるが、この精霊はブルッと震えたように見えた。



 今度は地に身を投げ出す事はせず、精霊と複数の石炭の直線上に入らない場所へとジロは最小限の動きで移動する。



 その途端またも《熱線》が発動する。


 精霊がカルラの魔力を受け、目にも見えない高速で移動を開始し、紅蓮の線のように空間に存在していた。


 試しに終点である石炭を剣で打ち払う。


 と、熱線の向きが変わった。


(精霊の初動さえ見極めれば、焼け死ぬ事はない!)



 逃げ切れる! っとジロは希望を持ってカルラのいる方向から意識を逸らして村へと続く道を見れば、ジロが考え無しに打ち払った石炭は茂みへと落ち、そこへ《熱線》が走り――



 ――森が燃えだしていた。



「二人の森が!」


 ジロはパニックに近い状態で、《水槍クリムトランス》を自分が一度に操りきれる数を作り出し、燃えさかる木へと発動するが効果は薄い。

 それは水の精霊に頼らない水槍な上、熱線を使ったカルラと水槍を使ったジロの魔力量の差から、火元へ辿り着く前に、カルラの熱線の熱にあてられ、次々と蒸発して消えていくからであった。


 なおも二度、水槍で消火を試みる。


「!?」


 またも人間では有り得ないほどに敏感になった聴力がカルラのいる方向からの飛行体の風切り音を捕らえる。



 振り向いた途端に、ジロの顔の左脇すれすれを何かの塊が通り過ぎ、


「ぐあっ!!」


 その余波で瞬時にジロの左耳の皮膚が凍りつき、弾け、血が飛び出す。


 飛んできた魔法は《氷槍アイスランス》だった。



 遠隔発動ではなく、術者の直接発動であった氷槍の威力は絶大で、偶然避けられた幸運にジロは、神が自分を見捨てていない事に感謝しようとし、はたと動きを止める。


 なぜ? 外れた?


 っと、思った所で、立て続けに魔法の発動の予兆を感じ取る。

 

 今までと違い、分かり易いほどに分かる魔法発動の予兆であった。



 それはその魔法がこの場の精霊に相応しくない魔法であるという事を、精霊の姿が見えるようになってから得た経験上でジロは知っていた。


 そしてその魔法が発動する。


 今度も、その魔法はジロを狙ったものではなかった。


 振り返ると、燃えたはずの木々が、すべて分厚い氷で覆われている。


 氷の魔法だった。


 術名は不明。


 ジロが見た事もないほどの、大魔法。


 その初動から発動までを、余裕を持って読みきれたはずだと、ジロは思った。



(なんて余裕……。燃やした木を……消してくれた。でも、なぜ? 俺ごとやらなかったんだ?)


『お前への愛は必ず残っている』


 ジェリウスの声が脳内で聞こえる。


 途端に、《熱線》の予兆を感じ、ジロは慌てて身を伏せる。熱線は立っていたジロの胴を切断するかのように動き、地面を溶かす事なく、すぐに消えた。



 それからジロは熱線にうながされるようにして、不格好なダンスを一人始める。

 ジロはせわしなく動き回り、狭い範囲を飛び跳ねる。


 持続力のまったくない、瞬時に消える熱線が空間を乱れ飛び、ジロが目測を誤り、ミスをすれば体の一部が炭化し、次撃で致命傷を浴びる事は明白であった。



(何が手加減! 馬鹿か俺は! 相手はカルラさん! 全力で抗わないと俺が死ぬに決まってるだろうが!!)



 地面に転がりながら攻撃をかわす。その瞬間、ジロの鋭敏となった聴覚が地面の下の異常音を感じ取った。


 ジロはごろごろと回る遠心力に逆らい、肉体強化の魔法を掛けつつ、腕の力と体のバネで空中に跳ねる。


 跳ねたと同時に、先鋭化したいくつもの《土槍モールランス》が寝ていた場所の空間を串刺しにした。ついでに飛んできた、真っ赤な炎の粘泥と化した灼熱の飛沫をジロは黒剣で打ち落とす。



 空中でバランスを崩し、着地点がずれる。そこはジワジワと侵攻する草の根の範囲内だった。



(カルラさんはまだ全然本気じゃない!! なのにこの猛攻か!!)



 カルラが本気なら、隠れたままの攻撃はしない事をジロは知っていた。


 ジェリウスとカルラさんが最強の名を欲しいままにするのは、二人が《飛行》を高速化で駆使しながら、近接戦のような距離感での魔法戦を得意としたからであった。二人は剣士が剣を振るうよりも早く魔法詠唱を完成させる。

 ジェリウスに至っては、その上、剣閃のおまけが付き、戦闘に剣戟が追加される。



(だから、勝機はある!)


 勝機とはいえ、ジロからカルラを攻撃する意志がまるで無いため、この場合の勝機というのは戦域からの全力離脱であった。



(カルラさんが姿を隠す今なら!)


 魔法は、ある一点に主眼をおいて大雑把に分類すれば、本人から放たれる類と、距離をおいていきなり発動する類の、二種類がある。


 この分け方は、威力の違いを示す。


 前者は術者から直接放たれる分、威力は大変に大きいが、術者から離れた場所からに始点を設けた魔法は前者よりも威力も精度、操る力である『操度』が大幅に落ちる。


(だけどそれでも、カルラさんなら必殺の威力とか!?)


 そそり立った《土槍モールランス》が爆発し、土塊と、内部の水分を使った《水弾レインドロップ》が着地してすぐにジロに乱れ飛んで来る。


 視界が悪くなり、カルラの目を気にする必要がなくなったのを幸いと、その必殺の連撃を慌てずに見極め、体に着弾しそうなものだけ、黒剣を抜き放ち一つ一つ丁寧に潰していく。


 魔人化しつつあるジロにとってそれは児戯のような剣戟であった。


 が、またもジロの鋭敏な聴覚が通り過ぎた《水弾》の音の変化を聞き分けた。


 前面の水弾を処理しつつ首を巡らせると、体に当たりそうになかったために打ち払わなかった水弾が、まるでジロの体の中心に重力でもがあるかのように、再度加速してジロに襲いかかろうとする瞬間であった。


(本当に遠隔操作っていうのは正しいのか!? この精密性! すぐそこいらの樹の蔭にいるんじゃないのか!?)


 ジロは、剣で打ち払う事を瞬時に放棄し、無理な体勢でそれらもなんとか回避する。


 魔法常識では考えられない挙動をした《水弾レインドロップ》は、さすがにカルラの魔力が消え、空中に四散した。


途端、《熱線》が空間を走る。

 視界が悪くなった為に、カルラの当てずっぽうで放たれた魔法であったその魔法は、ジロから離れた空間を熱で引き裂いた。


(これはまずいな。精霊の動きが見えないのは、熱線回避が不可能になる)


 ジロは土槍が作り出した砂煙内から離脱した。

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