紅蓮の光線


 ジロの全身にはピリピリとした鋭い痛みが続いている。


 針のように鋭い武器となった根の体表部分は焼け落ちたが、皮膚の下へと入りこんだ根はいまだにカルラの魔法を受け、硬度を持っている。


「……ッ!!」


 痛みに非常に強くなったとはいえ、幽界でユグドラシルの根から脱出する際に味わった火傷の痛みと非常に似かよった痛みは非常に不快を覚える。


 魔法を使い攻撃し合っての攻防の場合、集中力の乱れがそのまま勝敗を決する事も多い。


 距離を詰めようにも、《飛行》を使うカルラは捉えきれるものではない。

 たとえジロもおおっぴらに《飛行》を使って追撃しようにも、使えるようになって日が浅く、上空を誰よりも速い速度で飛ぶのはともかく、森の中を縫うようにして自由に飛びまわるような、ジェリウスとカルラのような繊細で圧倒的な魔力放出を誇る《飛行》の魔法運用は難しい。


(ここでさばくしかないけど……)


 攻撃で致命傷が与えられない場合、その集中力を削ぎ落とすという点で、一見意味不明に見えたにじり寄る根からの一連の攻撃は、よくた考えられた連続攻撃だと言えた。


(幸い、攻撃の手は止んだけど……)


 カルラの得意とする戦術の一つに、色々な物を利用し、結界のように対象を包み込むようにして、ありとあらゆる方向からの攻撃をしかけるという戦術がある。


 その事に気づいたが為に、ジロは決定的なダメージを受けずに済んだ。


 (思い出さなければ、初手で、目くらいは潰されていたかも知れない。常人じゃないから目が潰されても視力の回復は容易いけど、……本当に魔界でサラにいじられてなかったら、ここで俺は命を落としていたな……)


 ジェリウスの、『ジロを殺す事に成功すればカルラが壊れる』という言葉通りになったのかもしれない、と思うと、ジロの心は少し弾んでしまう。


 もはや横恋慕とまではいかないが、ジロはカルラに対して、いまだに憧れに近い愛情を持っている。健全な恋人関係にあるジェリウスとカルラを、ジロも心から祝福はしていたが、そんな事を考えてしまう。それはジロの少し歪んだ想いであった。



 黒い燃えカスとなった草の根が風に舞って粉々になる。


石畳の小道は草の根が覆っているが、両脇の土が露出した場所には草の根が一切ない。


(いかにも罠が仕掛けてありそうな……)



 ジロは人に当てたとしても目眩まし程度にしかならない、威力の火球をいくつも石畳に投げ、草の根を焼いていく。



 帯電する木の葉の壁も燃やし尽くそうと試みるが、燃やした途端に塞がってしまう。


(それで、この精霊の数か……)


 魔法が行使され、風、木、土の精霊が活発に飛び回っている。


(あれ? だけど……《火球》をこれだけ使ったのに……)


 ふと気配を感じ、カルラがいるとおぼしき方と見る――


「――嘘だろ?」


 ジロは見た光景に絶句する。


 ジロの放った火球によって誘われ、現出した火の精霊達が、そこに終結していた。


 見ればすでに、カルラの魔力が通っているのか、各々が狂ったように飛び回っている。


(こっちの対処も計算ずくで!?)



 火の精霊達の飛び回る方向から、何かが空気を裂きながら近付いてくる。


 とっさに顔の真正面を剣で守ると、体を後ろに数m程、飛ばされる。


 自分が弾き飛ばされた場所に、飛来した物体が落ちている。


 飛んできたのは拳ほどの大きさの石であった。ただし、灼熱にさらされたように真っ赤になっている。


「石? いや……、……石炭?」


 ジロはハッとする。


 ジェリウス宅では通常、まきで暖を取るが、あそこには石炭小屋も木炭小屋もある事を思い出す。


 さらに風切り音を感じ取り身構えるが、次々と音を立てながら飛んで来た石炭は、ジロとは見当違いの石畳を砕き、土の地面にめり込むようにして次々と着弾していく。


(???)


 ジロは剣で打ち払う用意をととのえていた為に、混乱した。


(カルラさんが……外した? 師匠と同じく必殺必中が信条のあの人が、こんなに、魔法を無駄撃ちするものか?)



 ジロの命を奪う事はカルラの本意ではない、と言ったジェリウスの言葉が、一瞬頭をよぎるが、決してそうでは無いと気づき、ジロの顔から血の気が引く。



 自宅から程近い森であるが故に、カルラが得意とする火系統の大規模、あるいは高威力の魔法はないと踏み、ましてや、カルラオリジナルの必殺魔法の使用などあるまいと踏んでいたが、大誤算であった。



(ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!! この準備! この魔法は知ってるぞ!!)



 《熱線カロリック・レイ



 後で名前を教えてもらったその魔法は、一度幽界でカルラが使うのを見た。炎の剣とも呼べるような高温の線が走り、それに触れた物が瞬時に業火に包まれた。

 敵を易々と貫通した挙げ句、巨岩の着弾点は溶けて穴を穿ち、巨木を瞬時に、炎の柱と化すほどの威力であった。


(アレはまずい! いまだに《熱線カロリック・レイ》に関しては、原理も何もかも分からないのに!)

 

 以前ジロがその魔法を目撃したのは、カルラの魔法詠唱が完成し、カルラが指を指し示すと、何も無い虚空から、急に光の矢のごとく、超スピードの真っ赤な線が空間に走り、対象とその直線上の全てが同時に燃えた。



 今、術者であるカルラの姿は、ジロの目視できる範囲内にはない。



 それは良い点と悪い点の二面性がある。


 悪い点は、カルラの動きで魔法発動を目視できないために、回避のタイミングが計れない事。


 良い点は、術者であるカルラが、自分の体に近い場所から魔法を発動するのではなく、遠隔で発動させているのであれば、その威力は、過去に見た《熱線》よりも数段、格が落ち、威力もあの時よりはだいぶ劣るという点であった。



 途端、ジロは何か違和感を感じて身を地面に投じる。

 

 途端に火の精霊達が密集していた場所と立っていたジロを結ぶかのような真っ赤な線が空中を走る。


 熱線が通り過ぎた先を見れば、石畳の一部が融解している。


(おい、おい! 遠くても威力関係ねえとか!? 遠隔発動でも、常人以上の威力とかあり得ない!!)


 そして、熱線はまだ消えていない。精霊のいた場所と地面にはいまだに紅蓮の線が空間に残っている。


(持続力があの時とは違う!?)


 地面に突き刺した紅蓮の棒のような熱線は、地を溶かし続けながら、移動を開始しジロへと襲いかかる。


間一髪でジロは身を起こして回避する。


 紅蓮の棒が動いた部分にはオレンジ色のインクで文字を書いたようにして、石畳とその下の地面ドロドロに溶かしている。


 飛んできた時よりも速度の遅い、移動する紅蓮の棒はジロを追う事を止め、消えた。


(カルラさんが俺を捉えきれないと踏んで、術を破棄したか……)


  恐怖しながらも、ジェリウスとの時と同様、どこかしら誇らしい気分が、ほんの少しだけジロの中で沸き起こる。


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