出世街道


「エリカの父上にあわせる顔がないってのは、僕も重々承知してますがエリカのたっての頼みじゃないですか。行ってあげてください」

「……アーグにとっちゃ今はエリカの元の方がいいし、……たっての願いって言葉で、今気づいたんだが、師匠たちも含めて、俺達ってエリカに対して甘すぎやしないか?」

「何をいまさら言ってるんですか……」

「う~~ん」


 エリカとは似ても似つかない髭面の豪快な神殿騎士団長の顔をジロは思い浮かべる。

「もし団長閣下とはち合わせしたら説教をくらうのは必至だろうからな。……昔ならともかく、大人になった今、あれを受けるのはかなりきつい」

「知ってますよ。僕は先輩の倍ほども叱責しっせきされていますから。私の父とある出来事の意見が真っ向から対立しているんですよ。最近は登城するなり呼び出しがかかっていて、僕から父をどうにかしろと言われます」


「……魔界熊みたいで、でかくて圧が凄いからな」

「えぇ……エリカと一緒になったらあの方が義父です。……頑張ってくださいね」

「……アホか」

 事あるごとにエリカとの結婚をすすめてくるリーベルトの横っ腹を、昔のように乱暴に足蹴あしげにする。

 ……外の従者が目を剥いて、剣の柄に手が伸びたのをジロは見逃さなかった。


(ちゃんと従者教育もなっているようだな)

 っと、ジロは幽界にいた頃よりも着実に成長している親友の成長を誇らしく思う。


「だいたい、お前はそれでいいのか?」

「何がです?」

「エリカだよ。好きなんだろう?」

「ええ好きですよ。大切な友として」

「俺もか?」

「まさか」

 ジロは内心、おっ! っと思った。リーベルトの心境に変化があったらしい。


「先輩の事は、幽界でオルゴールを抱えて僕とエリカとは別方向に走り去ったあの瞬間から、すでに愛してますよ」

 ジロはゲンナリ、そしてげっそりとした。


「寄るな……俺にその趣味はないと万回は言っているぞ」

「だから違うって言ってるでしょう?」

「何が違うんだ。俺の大事な穴を狙いやがっ――ぷあっ!」

 リーベルトの容赦ない蹴りが今度はジロの横っ腹を直撃した。リーベルトとジロの違いはリーベルトは鎧を着ていたが、ジロは平服のままだった事だ。

 ジロは痛みに悶絶するフリをする。

 実際かなりの痛みがあったが、それでも今のジロは断裂などの損傷が無い限り、その痛みを完全に無視できる。


「いい機会です。いいですか、先輩。僕の理想を話しましょう」

「お、おう」

「僕の理想はですね。僕がまず大出世します」

「いつも通りだな」

「そして結婚したエリカと先輩を僕の屋敷で飼います」

「……いつも通りの異常者め」


「あぁ、違いますって。つい先輩だと言葉で遊びたくなるというか、飼うのは言い過ぎですね。ようは先輩もエリカも働かず、ずっと僕が僕の屋敷で養いたいっていう話です。僕が働き、家に帰ると先輩夫婦が待っていて、僕と食卓を囲むんです」


「……」


 そんな光景をジロは瞬時に無想してしまい、そのリーベルトの言葉が作り出した幻に、心を全て奪われる。


「食事が済んだら、三人、いや、僕の出世の途中で結婚した妻もいるでしょうから、四人で雑談するんです。手に持っているのは酒でもカードでも良い。両方なら楽しいでしょうね」

「先輩とエリカの間に子供がいるかもしれません。エリカと僕の妻は互いの子供を寝かせるために早めにいなくなります」


「……」


「そうしたら、先輩と僕はガルニエ商会の今後の話をするんです」

「……おい、想像の中の俺がきっちり働いてる事になってるぞ。リーブが養いきれてねえじゃねえか」

「まぁまぁ。AFやら、呪物を売りつける魔人の事やら、色々です。でも最後にはいつも、幽界暮らしの思い出話に花を咲かせます。あの頃はよかったとか、あの頃は最悪だったとかね。子供を寝かしつけたエリカも戻ってきたりします。その時、僕の妻は気を利かせて戻ってこないでしょうね」


「……わからんでもないな、その夢は」

 泣きそうだと頭で思いながらも、ジロの心は冷えきっている。


魔人化しつつある事を心底恨めしいと、ジロは初めて思った。


「……お前の狂った性癖、百歩譲れば理解できない事でもないな」


 ジロはやっとの事でそれだけの事を絞り出した。


「そうでしょう? 僕は同性愛の相手として先輩を愛しているわけじゃない。もっと高次元での愛なんですよ」

「……気持ち悪いな。エリカにこの話をするのなら、最後の言葉はやめるべきだな」


 リーベルトの理想に、ジロの中でさらに幽界暮らしをしたティコ・ティコの五人が居る。



 それは想像したその瞬間からジロの理想の光景となった。



「リーブ。お前の方は最近どうなんだ?」


 気持ちでは平静、だが頭の中ではしんみりとした事を隠すようにして話題を変える。リーベルトが親衛隊では上手くやっている事はジロも知っている。


「ぼちぼちです。親衛隊内の人心掌握は済んでますから、今はもっぱら対外的に人脈を拡大している所ですね」

「平隊員が親衛隊内を掌握とか、笑わせるな」

「本当ですよ。それに百騎長になりますからようやく平ではなくなります」

「ほう!」

 ジロはリーベルトがなかなか十騎長にもならないので内心やきもきしていたのだが、一つ飛ばしで出世するのであれば、平隊員の時期が続いた事にも納得できた。


「いきなり十騎長を飛び越えるとはな……お前、なんかやったな?」

「ええ、ずっと昇進を抑えてもらっていました」

「……なんで?」

「その方がインパクトがあるからに決まってるからじゃないですか」

 リーベルトが解りきった事を質問するなと言わんばかりに呆れている。


「最速・最年少記録で王国の上位クラスの隊の十騎長になる事は無理でしたので、こちらを選ばせてもらいました」

「俺のは裏技みたいなものだったからな、生け贄行の隊長が平じゃ、ペール以外の他国に対して格好がつかないってんで、無理やりに十騎長にされただけだ」

「それでも記録は記録として残ります。先輩は生け贄行が終わった後に百騎、千騎長、副隊長を飛び越えて最年少隊長とスピード出世しましたが、とりあえず百騎長は僕の方が早いし、今後はその上の階級もすべて上回ってみせるというのが、僕の当面の目標です」

 リーベルトは誇らしげに胸を張る。


 親衛隊と近衛隊では、魔法を使えない兵士たちは十人兵長、百人兵長と出世する。

 魔法を使えない平民が王の下で出世できる軍属の最高位が百人兵長だ。そして軍属以外での王へ仕える道が一切ないため、平民の最高位と言い換える事もできる。


 例え、兵学や軍政学に秀でた才能を示す平民が現れたとしても、王に直接仕える事などなく、貴族に取り立てられその侍従の一人としてとりたてられるのがペール王国の現状だ。

 キヌサンなどでは平民でも魔法塾に通う事が許されている為、それよりも規制の緩い兵学塾や軍政学塾などから出た平民がキヌサンの重要職に就くという立身出世もある。


その平民の最高位である百人兵長を束ねるのが平の騎士で、平の騎士の出世は十騎長、百騎長、千騎長となり、その上は副隊長、そして隊長となる。

 神殿騎士団と近衛騎士団は別の階級分けがなされるが、統率する数だけは同じでああり、最高位は団長である。


 隊は親衛隊と近衛隊以外にもいくつかあるが、この二つは別格である。

 隊員それぞれが一騎当千の強者達であるので、親衛隊の十騎長と、例えばジロが幽界行後に所属した第五十五部隊の十騎長とでは格も戦力も、対外的扱いも雲泥の差が出る。

 第五十五部隊も宣伝部隊とはいえ、全員が魔法を使いこなす騎士であったが、第一~第十五、そして第五十五部隊の全十六隊は、厳密には親衛隊本隊ではない。

 リーベルトは親衛隊本隊の百騎長であるので、個々の騎士としての質がまるで違う。

 ジロの王国騎士としてのキャリアの果ては第五十五部隊の隊長、千騎長であったが、五十五部隊員全員を集めても騎士は二十人。兵士も百人程度なので千騎長という名が実を伴ってはいなかった。


 だが親衛隊本隊では十騎長ならば親衛隊騎士十人、千騎長ならば親衛隊騎士千人ときっちり名前通りの強大な戦力を割り当てられる。

 戦局によっては、実質上の本隊の下部組織である、第一~第十五 + 番外部隊である第五十五部隊が率いている魔法を使えない親衛隊所属の平民出の兵士達もその下に付くため、ある意味ではリーベルトはすでにジロの全盛期を当の昔に追い抜いていると言っても、決して過言ではなかった。



 当然ジロは、リーベルトの出世を我が事のように喜んだ。

 だが、その喜びは決して表には出さなかった。


 昔も、少し以前でもジロはそんな感情を照れくさくて隠すのが常であり、人ではなくなりつつある今でも、その感情は心の底から湧き出てくる、確かな人としての証拠であった。


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