贈り物


「まぁ、僕の話はこれくらいでいいんですよ。先延ばしにしていても、必ず行かないとならないのだから、覚悟を決めましょう」


 リーベルトの描いた儚く甘美な夢の光景を無想し続けるわけにもいかず、ジロは現実に引き戻される。

「……。親父さんの事だけじゃない」

「と言いますと?」

「……誕生日も近いし、今アーグを取り返したらエリカが怒りゃしねえか?」

「誕生日。あぁ忘れてました。さすがは先輩」


 リーベルトがニヤニヤ笑う。

 どんなに多忙であろうと三人が互いの誕生日を失念する事などない事を知っているジロは、リーベルトのわざとらしい誘導を無視した。

「今年もまた神殿や各地で特設の祭壇が献花で覆い尽くされる日が近付いてきたんですね。まったくエリカは偉いですよね、同じ幽界に行った僕らと違って、大陸全土で毎年多大な経済効果まで生み出すんですから」

「他国の花農家でさえ、エリカの住む方向に足を向けて決して寝ないって話を聞くな」

「本当ですか? それって親バカ発言に近いものがあるんじゃ……。え~っと……はい、コレ」

 リーベルトが細やかな革細工が施してある薄い鞄をジロに手渡した。

「なんだ? 森での報告書でも入ってるのか?」

「そんな殺伐とした物ではありません。それは後日持ってくるとして、これはエリカへのプレゼントですよ。僕は忙しくて、誕生日には顔を出せそうにありません。行くついでに渡しておいてください」

「……。誕生日プレゼント持ってるのに、忘れたとか……語るに落ちたな。というか、俺と話す時は適当に喋る癖をいい加減直せ。味をしめたら他所でもやりかねないぞ……」

 ジロは口を尖らせながらも鞄を受け取る。


「物理的にも魔法的にも封はしていませんが、くれぐれも中を見ないようにしてください。見たらエリカと僕が怒ると思いますよ」

「……なら、十中八九、俺関係の何かだな」

 そう言って鞄を振ると微かに紙のすれる音がジロの耳に届いた。魔人化して鋭敏になった感覚によってその音を察知したというだけで、常人には聞こえないほど微かな音であった。


「……なんの音もしないな」

「でしょうね」

 ジロは嘘をついた後、躊躇ちゅうちょなく革紐かわひもを解いて鞄を開けるが、開けるなと言った割りにリーベルトはジロの行動を止めようともしない。


 中には推薦状と書かれたろう封の施された封筒と、いくつかの白紙の書類が入っており、書類をまとめるのに宝石をふんだんにつかった見事な細工の紙止めでまとめていた。


「……今年は奮発しやがったなぁ」

「そりゃあ、今年はエリカが学院に通い始めるのですから、この位は当然ですよ」


「……お前のせいで、俺はいよいよアーグの事を手放さざるを得なくなった」

「アーグの所有権をもらってもエリカは喜びませんよ。アーグは先輩が大好きですからね。それにプレゼントというのは、本来競いあうものじゃないですよ」

「少なくとも俺らは年ごとにエリカのプレゼントの時は競い合ってる気がするがな」

「それについて僕を責めるのは心外ですね。そもそも先輩から始めた事ですよ?」

「そうだっけ?」

「えぇ。幽界暮らしで先輩がやり始めて、ついにここまでエスカレートしてしまいましたよ」

 リーベルトは自分が贈る紙止めを小屋に入ってくる日の光に当ててしげしげと観察し始めた。


「あぁ……あれが、あの日が……、一番最初だったか」

 ティコ・ティコの五人とジロ、リーベルトが皆で競い合った、本来ならば決して迎える事ができなかった特別な誕生日を昨日の事のようにジロは思いだし、顔に笑みが浮かぶ。

「あれは……楽しかったですね」

「……あぁ」

リーベルトも同じように感じていた事に何故だか照れくさくなったジロは頬を掻く。


「過熱したって事に気づいたのなら、競い合うのはもうやめようぜ」

「……そうですね。今回はエリカが今までで一番喜ぶプレゼントでしょうから、来年からは普通にしますね」

「一番喜ぶって……この宝石がか? エリカって呪いが付与されてるとか以外で、宝石なんかの類には興味がわかないと思うけどな。……大人びてきたし、趣味も変わってきたって事なんだなぁ……」


 それを聞いてリーベルトがまたニヤニヤ笑いをし始めた事にジロはうんざりする。仕掛けた罠にジロが気づいていない時に浮かべる表情だったからだ。

 なぜそんな表情をしだしたのか皆目見当もつかないままに、ジロはリーベルトの手から再び宝石細工の紙止めを受け取って、ためすがめつ眺めた。


 物理的な仕掛けも魔法的な祝福や呪詛の類は発見できなかった。


「プレゼントの心配なんかしなくたって、先輩は大丈夫ですよ。エリカも今の状況の先輩が高価な物を持ってくる事を望まないでしょう。そんな物を贈られたら、逆に遠慮してしまいますよ。先輩の場合は手作りの……あんな――」

ジロの座るカウンター内の後ろの壁にある不出来な木彫り細工をリーベルトは指さす。

「――彫刻とかの方がエリカは絶対に喜びますよ。ウー様がエリカにお作りになられた像の数々も、いまだに大事にしてますからね。先輩もウー様を真似て、是非とも贈るべきですね」


 ジロは眉をしかめて、エリカを象ったつもりで手彫りした聖女像を眺める。

 自分で作っておきながら、人かどうかの判別も難しいほどに、その像の出来は悪かった。


「……この像の判別は、誰にも分からないんだが、これがなんだか分かって言ってるのか?」


 親指で後方を指さしながらリーベルトに聞く。

「どこをどう見たって、エリカの彫像でしょう? あれ? ……違いました?」

 当然だと言わんばかりだったリーベルトの表情が突如、くもる。


「俺も自覚はあるが……お前も大概たいがい、親バカっつーか、毒されてるよなぁ……」

「……? 何がです?」


「ん~~、お前がそう言うのならもうちょっと木彫りの練習を積んで渡してみせようかな……」

「僕が一体、何に毒されているというのです?」

「……俺ならプレゼントにこんなの持ってきた奴にこれを鈍器にして頭をカチ割るが……本当に大丈夫だろうな?」

「保証します。あっ……ついでに僕の時は僕の彫像を希望します。というかそれ以外であれば今後、城内や親衛隊でしか調べのつかないような、私的な手助けは一切しませんのであしからず」

「……旅人の気の迷いで売れるかもって彫った念願の彫像の初注文が、脅しの材料に使われるとか……この店って知らず知らずの内に呪われてんのかな、ためしに今度、エリカに祝福でも頼んでみようかな」

 ジロはため息をついて首を振る。


「練習積んでもウー様の足元にも及ばない出来でしょうが、大丈夫です。少なくとも僕やエリカだけは喜びます。……案外師匠あたりも罵声を散々浴びせた後になら、喜ぶかもしれませんよ」

 ジロは師匠の像を贈って、その師匠に剣を振りおろされる自分の姿を想像した。

「……未来の俺の作品を、現時点で慰めるんじゃねえ。短期間でめちゃくちゃ上達するかもしれないだろうが」

「そうだといいですね」

そう言ってリーベルトはおざなりに拍手をした。


「ある意味、僕のプレゼントは、先輩からのプレゼントでもあるので、手ぶらで訪ねて行っても大丈夫ですよ」

「……お前の宝石に俺が便乗するって事か? ……エリカは嘘に敏感だからな……俺が関わってないってのがすぐにバレると思うがな……」

「そういう事ではないですよ。僕のは渡せばエリカにもすぐに分かるだろうし、絶対に喜びますから。その点は保証します、心配いりません。不出来であろうと、今年のプレゼントは僕も先輩も最高の物をエリカに用意できたと僕は胸を張って断言できます」


「そこまでお前が自信あるってんなら……」

(次に山に行ったらアーグル達に彫刻に向いてそうな木を探させるか? いや……生木はまずいのか? ウーさんは特に気にしてた様子はないが……生木も確保しておいて、一応ゴーンさんに相談してみるか……)


「僕も真心こもった手製の何かを、一緒に贈ろうかな……」

「やめておけ。お前のは、例え会心の出来の作品でも、薪や焚き付け以上には決してならない。エリカはああ見えても優しいからな、そんな駄作をあいつの部屋に置き続けるのはいくら俺でも想像するだけで悪寒が走る」

 リーベルトの手先の不器用さを知るジロは断言した。


 今度はリーベルトが口を尖らせジロに何か言いたげだったが、基本的に勝ち目がない戦いはしないという人生観を持つリーベルトは結局、ジロの言葉に対して何も反論しなかった。

 

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