斡旋話の裏


「限りなく罪人に近い一世騎士の俺が河川管理所の一番上ってわけじゃないんだろう? 所長は誰だ」


「エドモント卿ですよ」

「ご存知の通り……。みたいに言うな。そいつは誰だ?」

 ペール貴族社会から弾き出されたジロではあったが、有力者の名前には詳しい。

 だがジロの脳内にはエドモントなる貴族の名は無い。


「一世騎士の二代目です。年はランス様よりも五つほど上。なんでも一世騎士を目の仇にしてる御仁らしいです。王国じゃ一世騎士は軽んじられますからね、おおかた門閥貴族に学院で相当苛烈ないじめにでもあったんでしょう」


「門閥貴族生まれが嫌いか……よく門閥の一員であるリスマー家の長男の話を飲んだもんだな」

「ウチの家は新興門閥とはいえ日の出の勢いある家ですからね。当代は宰相、その息子の僕も前途洋々。恨みあれども恩を売っておいて損はないとみたんでしょうね。今後、国王派、王弟派、近衛派、神殿派、それぞれ大貴族派のどこに所属しようとリスマーに恩を売れば重宝されそうではありますからね。さすがに大臣を輩出するまでは後数代重ねねばなりませんが、その足がかりにはなりますからね」


「自家の自慢を淡々と話すな。それよりも、川役人のいじめってどんなんだよ……想像もつかないな」

「一日中川に浸からされるとかですかね? 先輩はガルニエ家。大貴族の中の大貴族でしたからね。そこの次男ともなれば河川管理騎士の知り合いなんていなさそうですものね」

「考えた事すらなかったよ。騎士見習いや新人騎士には泥さらいの応援要請も来るらしいが、俺の所に話すら、来なかったしな」

「呆れた温室育ちですね。僕の所には話は来ましたよ」


「どうせ、行かなかったんだろ?」

「行きましたよ。冬は嫌だったんで断りましたけど、夏のは参加しました。泥さらいは人足が溺れ死にしないかをいかだや岸からボケッと見張る簡単な仕事でしたよ」

「まぁ、お前から話を通したってからにはそれなりの待遇は期待できるんだろうけど……、あぁ、これ以上働きたくねえな」


 ゴブリン達との約束に、ゴブリンが捕らえていた女達を人里に帰す仕事、それにジェリウス・レイル宛に送った手紙のリアクション、森で捻り潰した暗殺者達の後始末に、洗脳の制御、アーグル達の扱い、魔界でのサラとの約束等々。全てを同時進行で行っている最中だと、リーベルトに愚痴を吐けたらどんな気分になれるのかと、ジロはそう思いながら嘆息した。


「堂々と堕落貴族発言はやめてください。転落した一世騎士をエドモント卿の元で鍛え直してくださいと言ってきたので、働きたくなくとも働かされると思いますよ」

「……おい」

「弛んだ性根を叩き直してくださいとも言い含めてもあります。なおかつ近衛派やロックフェローの家の者がエドモント卿には接触するでしょうから、その出目によっては、より苛烈な仕打ちが待っているかもしれませんね」


「頭痛くなってきたな。なんとかリスマー派閥へ繋ぎとめるよう、工作してくれ」

「努力しましょう。……でも、胃じゃなくてよかったですね。胃だったら嬉々としてエリカの実験体になってましたよ」


 ジロは最早一日一回はやらないと落ち着かなくなった、麻縄を編む作業に入り、リーベルトも手を擦りあわせるようにして同じ作業を始める。

 自分の上司に何をさせるんだっと言いたそうな従者の刺々しい視線を浴びながらジロは麻を揉みながら考える。


(実際のところ、裏の生活をしながら川役人なんてできるものなのか?)


「店番しながら、管理所勤めはできるものなのか? って思ってますね」

「思ってねえよ」

(それプラス色々だ)

ジロは心の中でそう付け加える。


「何も毎日って言っているわけではないんです。エドモント卿にも話はついてますが、泥さらいの行事以外は出入りは自由です」

「おお! なんだ、リーベルト。お前もようやく少しはやるようになったな! なら、ボケッと店番してても給料が入るわけ――」

「――無理矢理にねじ込んだんだから、入るわけないじゃないですか。都民の雇われ人足とは違うんですよ? 無給の勤めに決まってます。あぁ……勤務中、管理所で出されるであろう食事の事を給料と呼びたいのであれば、出ますね、給料」


「……なら泥さらいの週だけ、金が入り、それ以外は無給ってわけか。プーセルが持ってくる突発的な仕事よりも性質タチが悪い気がするな」


「あれよりはマシですよ。それにプーセル様達からは一生かけても払いきれないほどの恩があるのですから、無給で当然です。

「それに、エドモント卿が、給与を申し出てきましたが、僕がこう言っておきました。『落ちぶれてもガルニエ家の直系生まれ。端金は受け取らないでしょう』ってね。卿も予算の遣り繰りが厳しいのか、あからさまにホッとしてました」


「そりゃ、するだろうよ……。商会にそんな人材が来てくれたら俺なら狂喜乱舞するね。……タダ働きの働き口を堂々と持ってくるお前の無神経さとその頭の中身が心配になってきた」

「あぁ、そうそう。無給の代わりに、管理所に先輩の私室を確保しておきました。南向きの日当たりの良い部屋を押さえましたよ」


 ジロは最早ジロよりも慣れた手つきで麻ひもを両手の手の平で寄り合わせるリーベルトを見る。

 その表情は、幽界でよく目にした、いたずらを仕掛けているような――


「……そういう事か」


「おや? 何のことですか?」


「川役人っていう就職口が強烈すぎたから、あやうく騙される所だった……」

「そういや、向こうから生きて帰ってきて、最初にエリカが店を訪ねて来たのはアーグを借りにきたからって言ってたな」


「結局は全身麻痺を喰らって、愛馬はみすみすエリカに連れていかれたじゃないですか。今頃アーグは最高品質の飼い葉を与えられて大喜びなんでしょうね」

「その点は、エリカに感謝している。ただ足がなくなって王都まで行くのに、かなり面倒になったがな」

 丸っきりの嘘であったが、リーベルトとエリカだけには魔人化がばれるわけにはいかないので、こまごまとした嘘をつく。


「幽界暮らしの時はどこに行く時も歩きだったじゃないですか。それに比べたら……」

 そう言われ、ジロは五年前の暮らしの不便さを一つ一つ思いだして微笑を浮かべる。


「お前の目的は職の斡旋ではなく、学院だな? エリカが学院入りするからその近くに俺を置いておきたい。そういう事なんだな?」

「ん~~~~~~~~~~~~~~。五十点ですね」

「……ん?」


 ガルニエ商会から矢の川へと行き、川を越えた先には王族が経営する広大な農地が広がっている。その敷地の一角に、貴族の子息や特別に入院を許された者が、魔法技術やなんやらを叩き込まれ、立派なペール騎士を輩出し続ける学院がある。


 学院の敷地はその農地の真ん中にポツンと建っており、周囲には一面の麦畑意外に何もなく、農地を維持する農民達は皆、麻は国営の馬車に乗って通勤し、午後三時頃には再び馬車に乗り、近くの街や村へと帰っていく。



「この話は、エリカの身辺に何かあれば俺がすぐに駆けつけられるように、お前が俺を川役人に仕立て上げたって思ったんだがな」


「さぁ? 僕が言えるのはここまでですね。……ところで先輩、忘れてません?」

「何をだ? 色々ありすぎて一々何を忘れてるのかすら分からん」

 沼のゾンビやシカリークッター殲滅の事すら忘れてたからなとジロは心の中で付け加える。



「エリカがアーグを取り返しに来いって言ってたじゃないですか」

 それを聞き、ジロは顔を曇らせた。



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