二日酔い

 ジロは激しい頭痛によって目が覚めた。ガンガンと痛む頭を押さえてうめく。いつの間にか服を脱がされ、上半身裸でベッドに寝かされていた。額には濡らした手ぬぐいが乗せてある。


 頭を巡らせると、室内にいるのにもかかわらず、フードを深くかぶったエリカが身支度を調えて、片肘をついて窓から外を眺めながら、椅子に座っているのが見えた。


「ようやく起きましたか。ひどい顔色。調子がだいぶ悪そうだけど大丈夫ですか?」


 エリカはジロとは違い、酒が後を引いている様子が見られない。


(俺のの三倍は飲み、酒とは名ばかりの毒の水をたらふく飲んだのに、あれか……。お前の体が欲しいよ)

 首尾よくベッドの脇に置かれた木桶をとって、異の中身を吐き出す。



「解りました。二号店の存在を認めます」

「俺が起きたら言おう言おうと、前もって用意してあった台詞くさいのが見え見えで、微笑ましいな。ちょっと悪い事をしたな。ゲロなんて吐いちまってる最中で」

「何言ってるんですか、馬鹿馬鹿しいですね」


(もう少し経ってから、俺が完全に目覚めてから言えば良かったのになぁ)


 その時にジロが微笑んだのを、エリカが見ていれば、エリカはヘソを曲げていたかもしれなかったが、、お互いにとって幸いにも二日酔いの心地の悪さがジロの笑みが表に出るのを遮ってくれていた。


「この部屋、良い結界ね。注意しながらいったん外に出たんだけど、それでも部屋を忘れてしばらく戻って来れなかった。だから破壊しちゃったけど、いつの間にこんな器用な陣を張れるようになったの?」


「二号店の経営には必修技能だからな。こういう情報阻害系魔法は、魔界で必死に磨いたんだよ」

 エリカはそうですかと気だるげに返事をした。


 ジロが上体を起こすと、頭痛がひどくなり、またもうめいた。

 その様子を気に入ったようで、エリカは笑いながら水を渡してくれた。


「私はこの結界の出来の良さと戦闘に余裕があったっていう言葉を信じるのなら、ジロの言うなりになってあげます」

「でも、リーブはどうするの? 私みたいには、いかないよ? 『先輩』が『リーブ』を言い負かしてる場面は、今まで一度も見たことないし」


「そうだなぁ……親衛隊の状況次第だが、リーブに大会での好成績を理由に休暇申請を出させるか、任務をでっち上げさせて、現地に連れて行って、魔界や魔界国境での暮らしを体験させるさ。リーブにはそれが一番いいからな」


 あいつは剣で触れたものならば、それがなんであれ信用するからな。と付け加える。


(問題は、絶対にリーブはサラに会いたがるだろうし、腕試しもするかもしれない。サラに手加減が可能なのかどうかを確かめないとな。サラがリーブを殺すような事になれば、俺も斬りかかって、サラに次のし瞬間に殺されるだろうからな)

 手加減が無理そうなら、対面させるのは、なんとか阻止しようと、ジロは決意した。


「安心する材料をもう一つ。俺は転移印の魔石を、いくつ持ってたと思ってるんだ? そんで石が三個以下になったら二号店滞在は諦めるよう心がけている。そして今回は石を使ったのは四回だ、残りは四。まぁギリギリだったな」


「四回も? その使い捨ての魔石分で、王都で屋敷が買えちゃうじゃない!」

「おかげで、俺もガルニエ商会も、素寒貧すかんぴんだ。一回も使わなかったって嘘つかれるのと、適宜に使用したって言われるのはどっちがいいんだ?」

 ジロが頭痛の軽減をはかり、こめかみを揉みほぐしながら言う。


「転移先の『門』を警護している人達は、ジロの行動を知ってるうえに、個人じゃなくて旅券を発行してあげてた組織がジロの後ろにあるって事? うーん? 私のお父様?」

「誰が言うか……」


「場所は? どの辺りなの?」


 魔界との境目で、治安の悪さと良さが混在する街、シロチ周辺の地理には詳しいのかと聞けば、エリカは首を横に振った。


「魔界に入って、魔界に溢れる魔素の助けを借りて《疾風光》を使いたい放題使えば――俺の足で休みなしで一日だ。普通にアーグを連れていけたら……怒るなよ。魔界なんかに愛馬を連れていくわけないだろう? ……騎乗できたら、悠々と二日ってところだな」


 ベッドからおり、立ち上がるとジロの視界はぐるぐると回っている。


「そろそろ出るぞ。おまえとこんな場所からを混雑した時間帯に通りに出たら殺されかねない」

 苦労してエリカがいる窓辺へ寄り通りを見る。すでにもう結構な人出がある。

 ジロは通りを見おろしながら、舌打ちをした。

「こんな場所?」

「連れ込み宿だ。宿代は浮かせたくてな」


 絶句して怒り出すと思いきや、

「へぇ? なら腕でも組んで、ぴったり体を合わせて、艶っぽく通りに出て行く?」


「処女がなにを偉そうに……」

 ジロは鼻を鳴らし、心底呆れたといわんばかりにエリカを挑発するが、エリカは気にもめない。


 酒豪だからなのか、大酒を飲んだ次の朝、エリカの機嫌は非常に良くみえた。。


 結局、エリカは激しく嫌がったが、ジロの指示によって顔を包帯で覆った。


 外套もジロの物を渡し、ボタンを下まで閉めきってあるので王国領内で、誰も知らないものはないという神殿騎士団員の派手な制服がチラリとも見える事はない。


 ジロが気にしたのは、丈が合っていない為、裾をズルズルと引きずって歩いている事の方が気になった。


「別にやましい事はしていないのだから、隠さなくたっていいじゃないですか」

「汚い連れ込み宿で、一世騎士の俺が、幼なじみとはいえ、エリカと一緒だったとなれば、たちまち国中に知れ渡り、王国民の私刑によって殺されるだろうよ」

「そうなったら、私も晴れて聖女じゃなくなるから、望むところよ!」

「あほ、俺の死を望むんじゃねえ」


 ジロはよろめく体に鞭打って、宿主に商売女は宿経由で手配してくれと、いわれのない小言を言われ、その言葉で興の乗ったエリカが悪ノリし、架空のジロとの一夜の性行為の激しさをつらつらと言葉にして演出しだしたのをなんとか封じ込め、足早に市場へと向かう。



       ◆


 ジロが体調不良の極地にありながらも市場へ来たのは、本店改装を効率よく続ける為に、まとまった食料を買い出すためだった。


 久々に他人の目を気にしなくてもいい、包帯グルグル巻きの格好に感動を覚えたようで、市場に到着舌頃にはエリカの機嫌は最高潮に達していた。


 自分の存在を隠す方法は、何もフードを目深にかぶるだけではないと気付いたらしかった。


(やっぱりこいつはどこか抜けている)


 ジロは市場で別れようとしたが、今日は学院へも仕事場へも行かないと宣言して、ジロについて歩くと言いだし、先頭に立って歩き出した。

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