安酒
「でもどうしてお爺さまはそんな物を集めていたのかしら?」
「さぁな? どうでもいい事だったし、その頃は、いつでも聞けると思ってたから聞いていない。
「ふふん。それにお前は知らないだろうが、俺は解呪についてはお前以上の知識がある。なんせ呪的アーティファクトの管理を任されたんだからな。お前は俺がマニー爺さまから託された、万能の解呪の聖典、ホースターの魔法書の存在なんて知らないだろう?」
(それに、俺の身に起きた劇的な変化も知らないだろう?)
ジロは心の中でエリカに語りかけた。
するとションボリとして弱り切った感じになっていたエリカが、得意分野の話となった事で、
「残念、悪いけど私はそれより大分、先に進んでるもん。私はお爺さまから解呪についても詳しく教わったし。ホースターは言うなれば入門書だもん。ジロこそピーターセンの酒っていう魔法書の事知らないんじゃない? 残念だけどお爺さまは魔法の才に見合った教え方をしていらしたのね。」
真実を告げられ、おもしろくないのはジロの方になり、杯を傾け酒をあおる。
(………まずいのを忘れていた。これは絶対に悪酔いする酒だ)
杯を置いた。
「ねぇ?本当に危険はないの」
「あるある。大ありだ。ガルニエを継いだだけでもそんなのは解っていたはずだろう。他の誰でもない、エリカはガルニエを継ぐって事が何を意味するのかを知っていたはずだ」
「………お爺さまのお話の中じゃ、秘者本人なんかは
「そんな事あるか、冒険譚の中には何回も出てきた。そして爺さまは抜け目なく生き残った。そしておれは爺さまよりも、強く、ずる賢い」
「ずる賢いのは認めるけど……。お爺さまの冒険は、全部遺跡とか洞窟だったもの、話には毎回魔族は出てきたけど、秘者の話が出たのは数回だけ。大体お爺さまのガルニエ商会の業務には呪物の解呪なんて話は、冒険話でも依頼の中でも一つもなかった」
エリカは冷静さと元気が戻ってきたようだが、まだ少し愚痴っぽいと、ジロは頭を撫でながら思った。
「公人としての立場があったからな、それに俺達はガキだったし、口も軽かった。だから具体的には話さなかったんだろうし、解呪については、失敗して事故を発生させるなんて危険は冒せなかった。結果として呪物群は封印を施して放置していたらしい」
「もうわかったろう? お前達が反対して、俺から離れていくような事があっても俺はやめない。
「落ち着いたもん。冷静だも……冷静ですよ」
お互い黙り込んだ。月の光は室内には届かなくなっており、
「ちょっと聞いてもいい? 今の事に関係あるというか無いというか……」
「なんだよ?」
幼馴染の前でしか見せない、直情型のエリカらしくなく、言葉を探しているようだった。
「前から聞きたかったんだけど、もしかしてジロが、六年前のあの時、アーティファクトを借りだした時に、お爺さまからなにか取引みたいな――」
「――あの取引のすべてがすべてお前の為だったというわけじゃない。一族の誰かが引き継ぐっていうのが爺さまの悲願でもあったんだ。それに俺もその気だった。一族の中では俺が一番戦闘能力に秀でていた。だからマニー爺さまと俺の利害が一致して、ちょっと前借りしてただけだ」
再び沈黙が降りた。
「それじゃ、あと一個。ほんとのほんとに……」
「なんだ?」
「カルラさんとジロが喧嘩してるのも関係してるの?」
「してない」
ジロは即答で嘘を吐いた。
「……そう」
エリカは、よかった。とは言わなかった。
(話し始めてからずっとチビチビと酒を飲んでいるが、いい加減、止めさせた方がいいな。無職の俺と違って、エリカは明日も公務の連続だろうしな)
「この際だ。こうなったらもう知らん、人の善意を汲み取らない馬鹿共。お前らが今までの話を聞いて、憲兵やら拷問吏を連れてこないって言うのなら、おれは困ってなくても手伝ってもらうからな。
「ああ、そうさ。楽をする為にお前らをこき使ってやる。リーブと一緒に、気の抜けない魔界の地でお前らを引っ張り回してやる。年に何回か、一緒に二号店で安眠できない夜を過ごさせてやる。後で後悔しても知らないからな」
そう宣言するとエリカは杯を置き、俺を真正面から見据えてひるむどころか望むところだとばかりに晴れやかな顔で笑い、目を閉じて、両膝の間に両手を入れて、コテンとベッドに横倒しになった。
「それは――――結構………いいかも、ね?」
エリカはそう言って、そして口の端に、笑みを浮かべたまま、動かない。
「………」
(あぁ、……そうだな、いいかもな)
再び不味い酒に手をだして、色々な事に思いをはせながら、瓶を空にした。
不思議なことに、酒はそれほど不味いと感じなくなっていた。
酔いを意識し、ようやくエリカがスヤスヤと寝息を立てている事に気付いた。
「……そうだった。お前って奴は、一杯目としか思えない飲み方を続けた後、限界が訪れると突然こうやって眠りに落ちるんだよな」
ジロはエリカを揺さぶってみるが、エリカは起きない。
ノミやシラミだらけのベッドの上に俺のマントを引いて、虫除けの香草をばらまく。
生き物除けの魔法でもかけておこうかとも思ったが、やめた。
虫刺されだらけの目覚めを体験するがいい。とジロはほくそ笑んだ。
ジロはエリカの体を寝かし直し、自前の掛け布団をかけてやる。
ジロは安宿とはいえ、宿に居ながらにして、結局ベッドで寝る事ができたのは昼間の数時間だけだという事実に苦笑する。
「それどころか警戒区域での野宿のように、今は外套だけ……、まぁ剣を抱かないでいられる分はましだな」
ジロはため息をつく。
「ため息ばかりの、人生かな」
その時、エリカが寝言を言った。それに対してジロは返答も、それについて考える事もしなかった。
ジロは《
エリカの人生初の無断外泊と朝帰りはこうして決定した。
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