一世騎士籍

 それにつられ、もしくは連携し機を逃さないようにして、ジロの親友リーベルトが親衛隊を動かした。


 そしてジロに対して恩を感じている様子の、神殿騎士団長自身も亡命幇助ほうじょのそしりにひるむ事なく、ジロへの恩赦おんしゃ嘆願たんがんに動いた。


 ジロとエリカは幼馴染だったとはいえ、両家は互いに大貴族。

 エリカの父である神殿騎士団団長、エピデム家当主とジロとの面識は、たった二度だけであった。


 その両方ともきわめて短時間会話を交わしただけだったが、それでもジロには強い絆を感じる事ができた。



 結局、両団と王家による徹底的な調査により、ジロ・ガルニエは亡命貴族となった裏切り者一家の、まぬけな逃げ遅れと見なされたジロは条件付きで放免となった。



 決め手は、聖女エリカの嘆願と、ジロ自身が果たした『暮れの国への道行きペレグリヌス』での大功績であった。


 だが、それ以外にも国外のからのマニー・ガルニエの工作と人脈、そして前・現国王陛下へのマニー・ガルニエ個人の貸しと、ガルニエ家が長きに渡り、王家・王国・領民への多大な貢献も関係した。



 しかし亡命時間はそれだけでは収まりがつかない事態であったので、ペール王国建国以来続いたガルニエ家は廃され、その広い領土は没収された。



 そしてジロ・ガルニエは、放免になった翌日に、騎士籍を剥奪された。



 だが、救国的役割を担った一員としてのジロ本人の貢献と・亡命前に起きた天災で、ガルニエ家が私財を投じて領民やその隣接する他領主の領民たちへの、有力貴族たちもおののくほどの莫大な量の財貨の惜しげの無い投入した事による民衆のガルニエ家への人気を配慮した事もあり、



 騎士籍を剥奪されたジロ・ガルニエは、一世騎士籍の資格を得た上、ガルニエの苗字の使用を許された。



 一世騎士籍というのは、ペール王国が大陸全土を支配して大ペールと呼ばれるよりもさらにずっとずっと前、建国間もない頃、他国の侵略を受けていた国に兵は少なかった為、苦肉の策として生まれた制度である。



 騎士籍を餌に平素は農地を耕していたり、長男ではないために、農家や商家を継げない次男以降の人間を、戦時には、自ら武具を持ってこさせ兵となり、武勲や手柄次第では、当人一代のみ、騎士に取り立てるとして実施された、カビの生えた皆兵褒賞制度である。



 現在、この制度によって、その後も親子二代で数多くの戦功を積み上げ、そのままおこった家もある。


 現在はわずかに三家だけが残る。その三家も有力家とは言い難い。


 十年前のキヌサンからの侵攻を受け、一世騎士籍をもらった平民出身の騎士は現在二百はくだらない。だが、貴族としてそのまま残る家は無いともくされている。


 そして近年は度重なる侵略戦争により、『騎士=国土を守るもの』というものから付随し、『騎士=国土を守り、魔法を扱える者』という認識・常識が世間や貴族内に広まっているために、平民上がりの一世騎士籍は、遠からず無くなる制度であるとみなされていた。


 古臭いしきたりが多く残るペールでは魔法教育を受けられるのが貴族出身者のみとなっている為だ。二百興った一世騎士達もほとんどが青年、あるいは壮年であり、一世騎士になってから魔法教育を受けてはいるが、幼子の時期から教育を受ける貴族騎士とは、魔法行使能力に明らかな差が出る。


 誰もが選抜試験を通りさえすれば、魔法教育を受けることができるキヌサン魔法帝国との差は開くばかりであった。


 であるので、一世騎士というのは、発言力、実力共に、ペール王国内において最下層の騎士として嘲笑ちょうしょうの対象となっていた。



       ◆


 こうしてジロは、家名を取り上げられた後、また与えられ、そして自由の身となった。



 ジロは現在、幼馴染二人への感謝を深くしている。



 死すらも受け入れかねない牢でのジロの生活を支え、何事においても見切りが早いため、自らの喉に突き立てる刃のを持つ代わりに、希望を持たせてくれたのは間違いなく二人の働きが大きいと知ったためであった。



 実際は処刑死を待つ身の罪人が入るといわれる、豪奢な牢で、最初の一週間以降の半年、ジロに希望を持たせる事ができた状況はエリカとリーベルトの負う所が大きいとジロは考えていた。



       ◆


 そんな立場にある事エリカは気にもとめていない。


 黒いコートを羽織はおって、煙ふく小屋を興味深げに眺めているエリカは、ジロとリーベルト、その他大勢による過保護によってすくすくと成長し、そして生来純粋であるがゆえに、今現在、ジロにいいように利用されていた。


(俺がおまえに頭が上がらない状況にいる事を知らないなんてなぁ……。お人好しめ。リーブなんて、事あるごとに俺をこき使いまくる状況だってのにな)


 ジロはエリカを利用している自分の事を棚に上つつ、エリカの事が少し心配になる。


 そしてなぜそんなに善人なのだという、身勝手な怒りもあった。


 そこにつけ込まれる恐れがあるし、過去にはつけこまれかけた事案がいくつもあったと、ジロはリーベルトと二人処理してきた大小アレコレな事例が走馬灯そうまとうのように流れる。



 そしてその思考はいつもの如く、まだmだエリカを守らなければいけない。という昔と変わらぬ使命感があった。


 

 そしてジロは、


 だが、しかし……。とも考える。



 自分はエリカに酷いことをする事などありえないので、その優位な立場をエリカが気付かないというのであれば、わざわざ頭が上がらないことを示すつもりもない。とも思っている。



(だから、これでいいんだろうなぁ)



 っとジロはエリカの綺麗な横顔を見ながら、そう思った。

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