神殿騎士団

 歴史の浅い神殿騎士団にとってジロ・ガルニエは、近年の近衛騎士団対抗できるほどに神殿騎士団の権威、権勢けんせいを高めるに至った出来事に関わりをもつ、末席まっせきの重要人物の一人であった。



 その『出来事』の中心、そして頂点にいたのが、ジロの幼馴染のエリカ・エピデムであった。



 他国の領民でもペールの神殿騎士団や近衛騎士団は知らずとも、



 『聖女エリカアテーナー』の名と『暮れの国への道行きペレグリヌス



 その二つについては大陸全土に知られ渡っていた。



 その為、エリカは、六年前から今現在に至るまでの間、神殿騎士団史上もっとも誉れある若手のホープであるし、その美貌ゆえに国や宗教など境界にとらわれず崇拝され続けている。



 そしてエリカの父自身も、十数年前に起きた、大陸一の領土を誇り現在も国土が拡張し続けている野心的な国家であるキヌサン魔法帝国との戦争で、緒戦時から連戦連勝を重ねてキヌサン軍に打撃を与え、たまりかねた魔法帝国が帝国史で初めて他国に休戦協定を申し入れてきた。


 以来、キヌサンとの国境では、縮小傾向にある両軍の睨みあいは続くものの、十年間、休戦状態は維持されたままになっている。



 仮初めであるという見方が大勢を占める中、十年間、大陸一の軍事力を持つキヌサンの侵攻を止めているというエピデム団長の一人娘というだけでも、ペール国内での人気は高い。

 

 本人も自身も『暮れの国への道行きペレグリヌス』も関係する大厄災から大陸全土の人間の未来を救うという大使命を果たし、その発言力はルイネ王城内で保守的な老人、あるいは老獪ろうかいな人間が幅をきかす中、年が若すぎ、女性であるという負い目があるが、エリカ自身の発言力は決して侮れない。



 神殿騎士団と比べると、近衛騎士団は貴族の序列じょれつ、歴史がそのまま力関係になっているという、シンプルな構造となっている。


 一方神殿騎士団は、有力貴族の序列もあるが、それ以上に、神殿騎士団内の下級貴族の横の繋がりが強い。


 そして有力騎士出身者と下級騎士出身者はエピデム団長を頂としたの強い父性と宗教性によって、近衛騎士団よりも、貴族の序列意識が薄く、互いに身分の差を越え融合しあっている。


 神殿騎士団は、団長を中心とした強い父性による家族的組織として神殿騎士団が成り立っている。


 特に下級貴族間では一族、血縁は関係なく、団員であるという事を第一のほまれとすると声高に叫ぶ様子が、この団の雰囲気を如実にょじつにあらわしている。



 これが王国騎士団の近衛隊や、同じ神殿騎士団内ではあるが、有力貴族のみから成る親衛隊となると、毛色が変わる。


 近衛隊員は派閥争い・政争のみを尊び、親衛隊員も神殿騎士所属とはいえ、家名や個人を第一としている。


 つまりは団や隊よりも『我欲』が優先される。


 両隊は、それぞれが有力家を中心にして、隊内においてですら派閥がある、多重派閥争い構造とも言うべき状態である。


 隊として、両隊ともに練度れんどの高い訓練によってまとまってはいるものの、団員同士もそれぞれが複雑な関係の派閥に属し、各団員、隊員内においてですら、どこかよそよそしさがある。



 ジロは、王国で唯一どこの派閥にも属さない、いわば『ガルニエ閥』から、親衛隊に入隊していたため、下級貴族出身の神殿騎士団員とはあまり付き合いがなかったが、エリカとの付き合いはあまりにも深かった。


 そしてエリカは神殿騎士団の下級貴族の間で、老若男女問わず、特に人気が高かった。


 その人気はもはや狂信的とも言ってよい。


 ジロにとってエリカは昔から儚げな存在だったので、一時期などはエリカを守るためだけに、心を砕いていた。


それを語るときジロは、

「ようは、精神的肉体的にガードがとことん甘いエリカを数多のゲスの手や変態の舌なめずりから救っていたら、いつのまにか神殿騎士団から厚い信頼を勝ち得ていたというわけだ」

 といつも言う。


 そんなジロ・ガルニエの事を、世間の評判が悪くなろうとも、神殿騎士団の多くの下級騎士達は快く思っていた。


 エリカが動いた事によって、多くの神殿騎士も動いた。

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