店始まって以来の客足

 ジロとエリカ達は皆で昼食をとり、エリカが立ち上がって一人で帰り支度をし始めた頃、


「ジロ様。これをどうぞ。三日前の物です」


 ジロは神殿騎士団派閥のオルデール伯の娘と紹介を受けたエリカのお供の一人、王都発行のゴシップ専門新聞を手渡される。



 紙面には、


 『効能無し!? にかわでかさ増し? 元あくどい悪徳商法!! 墜ちたガルニエに新たなる暗い影』

 

 との文字がおどっている。



「ほ~~。これはこれは……苦々しい記事だな。先週、店の修理用に買ったにかわが、こう書かれるのか」


 有名税ですねとオルデール伯の娘はコロコロと笑う。


 ジロはその笑顔を見て、瞬時に欲情する。


(……。ダメだな。旅行が長引きすぎたか……。王都に女でも買いに行くべきか? いや、金がない。それにこの子はエリカの供回りだから、ダメだ。……まだ幼さが残るが、美人だし愛嬌のある子だな……。名前は確か、リゼロッタとかエリカは言っていたな。だが……、手を出したらエリカに怒られそうだ)


「ジロ様には以前から興味がありまして。これを機に色々とジロ様の武勇譚やガルニエ様のお師匠様などの事をお聞かせください!」


 ジロがうっすらと欲情を抱いている目で自分を見ているとは露とも知らずに、オルデール伯の娘はそう言って背筋を正し、うっすら赤くなった顔でそう言った。


 ジロは本気で口説きたくなったので、慌てて手元の新聞に目を落とす。


「一時期は右も左も、お二方の師でもある勇者様のお話題ばかりでしたが、今はエリカ様、リーベルト様の話題が多く、時々このようにジロ様のいわれのない中傷が多いです」


 彼女の言葉に思うところがあったので、ジロは考え込む。


「仕方がないと思います。ジロ様はエリカ様の『暮れの国への道行きペレグリヌス』で、帰還同行者の中ではその……良い意味で破天荒な方ですので、悪目立ちしてしまいますし、良いニュースばかりでは読者も飽きてしまいます。私が独自に調査した結果によれば、ジロ様の悪評が立つにしても、皆笑い話程度にしか捉えてない模様です」


 ジロが考え込んだのを落ち込んだと勘違いしたのか、リゼロッタは慌てて補足した。


 (俺にどうやら、好意があるようだし、エリカにばれないようにダメ元で、ちょっと手を出してみようか)


 ジロは、ある意味、女っ気の無かった旅行であったため、そう舌なめずりしながらそう思った。


「それにしても、勇者様の話題は最近ではトンと聞かなくなりましたね。やはりこれは世代交代で、時代が、エリカ様とジロ様、リーベルト様の時代になったという事の証左しょうさなのでしょうね!」


 リゼロッタとは別の、同じく王閥派の一員の、中級貴族からエリカの供回りに大抜擢されたもう一人のお供のロサ・リアナが、ほがらかに感想を述べた。


 丁度、俺達の後ろを通りかかったエリカがそれとなく、「その話題は喋っちゃダメ!」とでもいうように、ジロに目で合図を送ってきた。


 ジロはその視線を無視する事にした。


(油断してると、本当に顔になんでもよく出る奴だ……。やっぱり聖女の仮面は必要だな。

(今年中には十三になるんし、そんな視線を俺に送ったら、俺らの色々とやましい事業の事がバレてしまうだろうが……。今度、俺とリーブとでポーカーフェイスの作り方を教え込んでみるかな)


 そんな思いをおくびにも出さず、これ幸いと、エリカを捕まえて、説得を試みる。



 (今はなんとしても主力商品消滅の危機を脱したい!)



       ◆


 説得も失敗に終わり、店の前は枝道とは言え、本店前の街道の往来がいよいよ激しくなっていた。

 日も中天を脱し、王都からの旅客は減り、王都到着は真夜中確実っとなっているので、店前を通りかかっても、水だけを飲んで足を止めずに急ぐ旅客が多い時間である。


 魔物は少なくなったとはいえ、この辺りはぎりぎり治安が悪い。群盗も時々悪さをする。

 王都へ逃げ込まれる最後に、ここらで、と考える頭の盗賊の頭らも多い。


 と、またも主要街道からこちらへと続く坂を下ってこちらへと全力で駆けて下ってくる騎馬が見えた。


 日の具合からと、着る服が派手な色の為、何者かが現れたのかを、ジロは察した。


「今日は千客万来だ」



 十数分後、店の前には立派な身なりをした、この国では神殿騎士団と並び、一目でわかる二騎がやって来た。


 先頭の騎士が、身のこなし軽やかに下馬してジロに向かって歩いてくる。


「神殿騎士の次は、お懐かしの親衛隊かよ。あいつは客かな?」


 ジロは隣にいるリアナに客ではないなと知りながらも、声をかけるが、当のリアナは固まってしまっている。


 それを見てため息をつく。


 ジロが頭の上がらない人間が、同じ日に二人もやってきた。


 その騎士リーベルト・リスマーはエリカと二人、王国内でもっとも有名な男女のペアのひとつでもある。


 もう一人はジロが何度か目にした事のある、度を越して寡黙かもくな、リーベルト付きの従者だ。


 寡黙な従者は、リーベルトが乗り捨てた馬の口を取って、二頭の馬を店の前に設置した水飲み場に連れて行った。


「よう、リーブ」

「お帰りなさい。先輩。旅行はずいぶんと長引きましたね」


 リーベルトとジロは古くからの付き合いのようであり、違うようでもあった。


 ジロにとってエリカとは違い、幼馴染ではない。

 ジロが少年時代の頃にはリーベルトとは一度も会っていない。


 だが、エリカからリーベルトの存在は少年のその頃から耳にタコができるほどに聞いていた。


 ジロはエリカと幼馴染で、リーベルトはエリカと幼馴染、そしてエリカは二人と幼馴染で、ジロとリーベルトは他人だった。


 「お前、正気か?」


 リーブの格好は正気の沙汰とは思えないっとジロは思った。


 エリカは神殿騎士の装いをしているが、略装だ。


 だが、リーベルトは、律儀に兜まで被るという親衛隊制式装備だった。

 しかも、暑さ対策である外套すら羽織っていない。


 馬には盾の備えさえあり、従者には槍を持たせていた。


 式典か、戦場かとジロは呆れた。


 「鎧や兜に玉子を落とせば瞬時に目玉焼きができそうだな」


 そう言うと、リーベルトは肩をすくめて見せた。美男子と呼び声高いリーベルトがやると決まりすぎるほどに決まっていた。

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